ノルマンディーの美しい港町オンフルールは、多くの観光客が訪れる観光地。その中でも、特に音楽に興味がある方にとって見逃せないのがエリック・サティの家(Maisons Satie)です。ここは単に彼の生家として保存された記念館ではありません。音や光、映像、そして不思議なオブジェが織りなす、時にシュールば語りかけとともに、訪れる人を迎えます。

展示を見るだけでなく、エリック・サティ(Éric Satie)のユニークな精神世界そのものへと足を踏み入れるーーそんな詩的で謎めいた空間が、目の前に広がっているのです。オーディオガイド(フランス語・英語対応)は約45分から1時間のボリュームで、ピアノ曲や詩の引用が響くたび、心の奥に静かな共鳴が生まれ、驚きと感動が自然に湧き上がってきます。


エリック・サティ(1866-1925)は、フランスの作曲家・ピアニストであり、その彼の革新的な音楽スタイルは、クラシック音楽から現代音楽に至るまで多大な影響を与え、今日でも多くの人々に愛されています。サティの音楽は、そのシンプルさと独創性で知られており、音楽界の異端児ともいわれており、多くの作曲家やアーティストにインスピレーションを与えました。

彼の代表曲の一つでもあるジムノペディ(Gymnopédies)は、初めて聞いたとき、不思議な音階でどういう音が来るのかわからない、つかみどころのない浮遊感に惹きつけられました。予測できない音の流れは、まるで夢の中を歩いているような抽象的な摩訶不思議な世界。けれど、一度聴いたら不思議と心に残り続ける。その静かで切ないメロディは、10年後にふと耳にしても、「あの音」だとすぐにわかる。忘れていたはずの記憶の奥から、そっと戻ってくる音楽です。

エリック・サティ年表(Erik Satie)
1866年5月17日 フランス・ノルマンディー地方オンフルールにて誕生。本名はエリック・アルフレ・レスリー・サティ(Éric Alfred Leslie Satie)。父は船舶代理店、母はスコットランド系。
1872年頃 母が死去。父と共にパリへ移住し、祖母に育てられる。後に父が再婚。
1879年 パリ音楽院に入学するも、才能なしと評価され、形式にとらわれない独学を始める。
1884年	初めての作品“ヴァルス=バレ(Valses-Ballet)”を作曲。音楽家としての意志を明確にする。
1887年	モンマルトルのキャバレー“ル・シャ・ノワール(Le Chat Noir)”のピアニストとなり、芸術サロンで詩人や画家と交流。パリの芸術アンダーグラウンドに関わる。
1888年	静謐で印象的な“ジムノペディ(Gymnopédies)”を作曲。今なお代表作として世界中で演奏される。
1890年	“グノシエンヌ(Gnossiennes)”シリーズの作曲開始。拍子や和声からの逸脱など、形式破壊的な要素が目立つ。
1891年	神秘的な宗教団体、薔薇十字団(Ordre de la Rose-Croix)の公式作曲家となる。幻想・神秘主義的作品を発表。
1893年	画家スザンヌ・ヴァラドンと短期間交際。彼女が唯一の恋人だったとされる。
1895年	奇妙なオペラ“メデューズの罠(Uspud)”など宗教的で幻想的な作品を数多く発表。風変わりな衣装や生活スタイルも注目され始める。
1898年	アルクイユ(パリ郊外)に移り住み、同じ服を7着持ち、灰色の紳士として有名に。徒歩でモンマルトルまで通勤。
1905年	パリの私立音楽学校スコラ・カントルムに入学。和声学と対位法を学び直し、音楽理論を再構築。
1911年	モーリス・ラヴェルが“ジムノペディ(Gymnopédies)”を演奏し、再評価が進む。サティ・ルネサンスとも呼ばれる。
1912年	ピアノ作品“スポーツと気晴らし(Sports et divertissements)”や“ナザレの3つの歌(Trois Mélodies de Nazareth)”など、ユーモアに満ちた風刺的作品を発表。
1916年	詩人ジャン・コクトーらとのコラボレーションが始まる。新しい芸術運動に参加。
1917年	バレエ“パラード(Parade)”を作曲。ジャン・コクトーが台本、ピカソが舞台美術、ディアギレフが主催。パリ初演は大論争を巻き起こすが、20世紀芸術の転換点に。
1919年	六人組(Les Six)の若手作曲家たちに影響を与える。音楽と演劇の融合を志向。
1920年	短編バレエ“レルグ(Relâche)”を作曲。映画“入場はお断り(Entr’acte)”を間奏に上映するという、前衛的な構成を試みる(監督:ルネ・クレール)。
1924年	パリ万博に合わせ、晩年の大規模作品“ソクラテス(Socrate)”などを発表。創作は晩年まで続く。
1925年7月1日 肝硬変によりパリで死去。生涯独身。死後、部屋から数百枚の奇妙なスケッチや楽譜、未発表作品、膨大な傘のコレクションが見つかる。


1. 個人的な感想

オンフルールの港から古いアパートメントの道を歩いていくと、サティの家は見えてきます。入り口に近づくにつれて、サティの曲が聞こえてきます。サティがこの家の中でピアノを弾いているのかと錯覚しました。

理解が難しいフランス語の造語メモ
入場料を支払い、英語またはフランス語のオーディオガイドを装着して館内を巡ります。各展示の前に立つと、センサーが反応し、自動的にナレーションが流れ出します。
流れてくるオーディオガイドの説明を英語で聞き、展示品のパネルはフランス語表記なので、翻訳を使い理解できましたが、比喩や造語が多く、どこか抽象的でそして詩的な表現が多かったので、完全に理解するのは難しかったのですが、それでも音や語りのニュアンスから、言葉の壁をこえて感覚的には十分伝わってきました。

2. サティ生家の見どころ

造語メモ、エリック・サティ(Éric Satie)生家 

サティの生家は、彼の創造性と精神世界を五感で体験できるユニークな空間です。傘や愛用のスーツ、彼のサインや日記、注釈入り楽譜、機械仕掛けのオブジェなどが配置され、音・光・映像が融合する幻想的なインスタレーションが展開されています。

羽ばたく洋梨(ペア)
最初に迎えてくれるのは、暗い部屋でぼんやりと光る洋梨型のオブジェ。これは”三つの洋梨の形をした曲(Trois morceaux en forme de poire)”にちなんだ演出で、洋梨型オブジェが舞う仕掛けです。

ピアノの自動演奏
展示の締めくくりは、真っ白な部屋に置かれた白いYAMAHAピアノ。”グノシエンヌ(Gnossiennes)”が自動演奏で流れ、これが入る前に聞こえてた音でした。窓の外には、片側にテニスコート、もう一方には歴史を感じる古い街並み。幼き日のサティも同じ風景を眺めていたのかもしれない、そんな想像が自然と浮かぶ、詩的な余韻が残る展示空間です。

3. サティ生家収蔵作品について

収蔵品は、美術品というより、“サティ的世界を再構築する体験装置”。物理的な展示よりも、演出と空間構成によって作曲家の個性を立体化しています。音楽、文学、機械、コスチューム、オブジェが複合し、まるで詩と音楽の舞台を歩いているようです。

鑑賞のポイント

  • 五感で感じる
    視覚的に奇妙なオブジェ、聴覚を刺激する音楽と声、時に触れ、感じる体験。現代アートのインスタレーションと共鳴します。
  • 物語として読む
    ひとつひとつのシーンには背景があり、年譜や日記、作家との交友譚が音声で語られることで、サティが一人の「人間」として感じられます。
  • ユーモアや風刺を味わう
    奇妙な機械やタイトル、演出には軽妙な遊び心があり、硬すぎず誰でも楽しめる工夫があります。

インスピレーションとその背景の話

サティは保守的な音楽界にあって“不協和音”や“非定型”を意図的に選び、形式にとらわれず自由な表現を追求しました。スコラ・カントルム(Schola Cantorum:パリにある私立の音楽学校)”での学びや、”シャ・ノワール(Chat Noir:19世紀末パリ・モンマルトルに実在した伝説的なキャバレー)”での交流は、彼の詩的かつアヴァンギャルドな感性を養った源泉です。

ミュージアムでは、音楽に限らず、絵画や文学、機械芸術を通じて彼の多面的な創造力が浮かび上がります。特に、象徴主義の思想やシュールレアリスムへの先駆的影響、謎めいたユーモア感覚が来場者にインスピレーションを喚起します。

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4. サティ生家へのアクセス方法|パリからオンフルールへの行き方

・電車で向かう場合
直通はなく、サン・ラザール駅からリジュー=ポン=レヴェック駅(Lisieux-Pont-l’Évêque)またはドーヴィル駅(Deauville)まで行き、そこからバスやタクシーで移動するのが一般的です。所要時間は約3〜4時間と少しかかり、乗り換えも必要なため、少し煩雑なのが難点。

・車で向かう場合
パリからオンフルールへは、車で約2時間半。特に観光で限られた時間しかない方には、車やツアーの利用が効率的です。オンフルールの美しい港や、近郊の絶景モン・サン=ミッシェルまで一度に巡れる日帰りツアーなら、移動のストレスもなく、内容も充実。フランスの魅力を一日で凝縮して楽しめる人気のプランです。電車移動に不安がある方や、旅程をスマートに組みたい方は、ぜひ以下のツアー情報をチェックしてみてください。

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5. サティ生家|まとめ

  • 現代アートとの共鳴
    インスタレーション芸術のような体験型展示で、既成概念を壊して感覚的に受け取る現代アートに近い表現です。
  • 建築と歴史価値
    15世紀の赤いノルマンディー様式の木造3棟を活かした歴史的建築(Maison des Illustres、文化財指定)。
  • 文化圏の魅力
    サティという独自の文化的存在を軸に、オンフルールの港町としての歴史、印象派絵画ゆかりの地域性も合わせて体験できます。
  • 多世代で楽しめるデザイン
    子どもから大人まで楽しめる視覚と聴覚の遊びが豊富。学びと驚き、詩的な余韻を共有できます。
  • 周遊との組み合わせ
    近隣のミュージアム(博物館ウジェーヌ・ブーダンなど)とPass Muséesで巡れば、印象派、現代芸術、地域文化を横断的に体験可能です。


さいごに

異端児といわれていたエリック・サティの生家に期待を膨らましていったけど、その斜め上をいく不思議な館でした。奇妙さや少しお化け屋敷のような雰囲気さえ漂い、館を出たあとも、どこかサティの世界に引き込まれている感覚が残りました。彼は自身の感性に正直に生き、周囲に理解されない人生を歩んだと聞きましたが、その純粋な精神は今も空間に息づいています。

サティの音楽ファンはもちろん、芸術や文化に触れたい方にとっても、ここは特別な場所になるでしょう。フランス・ノルマンディーを旅するなら、オンフルールの歴史ある街並みとともに、この詩的なミュージアムをぜひ旅程に組み込んでみてください。

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エリック・サティ生家(Maisons Satie, Satie House and Museum)

・開館時間:10:00~18:00(火曜休館|2025年5月19日〜2026年1月4日)
・入場料:7ユーロ(オーディオガイド込み|フランス語、英語対応)
・公式サイト:エリック・サティ生家
・所要時間:1時間ほど
・混み具合:空いている
・広さ:3階建て、庭に試写室
・作品:日記、詩、絵画、機械仕掛けのオブジェ、私物、家具など
・住所:67 Boulevard Charles V & 90 rue Haute, 14600 Honfleur,France  
・アクセス:オンフルール中心部、旧港(Vieux Bassin)から徒歩数分
・バリアフリー:建物の特性上、車椅子・バリアフリー対応は限定的(階段や狭い通路が多いため事前確認を推奨)



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