セーヌ川の流れを背に、パリ1区の静かな一角を歩いていると、ふと現れる巨大な円形ドーム。歴史を重ねた重厚な外観とは裏腹に、中に足を踏み入れれば目の前に広がるのは、未来的で革新的な空間です。
それが、ブルス・ド・コメルス=ピノー・コレクション(Bourse de Commerce – Pinault Collection)。今回は、歴史建築の再生とアートの最前線が融合するこの場所をご紹介します。
穀物取引所から現代アートの殿堂へ

円形ガラスから光が差し込む|天井画と円形ドーム
ブルス・ド・コメルス=ピノー・コレクション(以下、ブルス・ド・コメルス)は、実業家フランソワ・ピノーの現代アートコレクションを展示する美術館で、2021年にパリに開館しました。もともとは1578年にカトリーヌ・ド・メディシスの宮殿として建てられ、1767年に穀物取引所として使われていました。現在も南側の塔にその名残が見られます。
1812年には、中央に特徴的なガラスドームが設けられました。そして19世紀後半には、パリ商業取引所として再構築され、パリ経済の中枢として活躍しました。その後長らく使用されていなかったこの建物に、新たな命を吹き込んだのが、フランスの実業家で著名なコレクターでもあるフランソワ・ピノー氏。
建築家・安藤忠雄氏が大胆に内部を再設計され、円形の建物内部にもう一つの円形が設けられるという斬新なデザイン、そしてジャン・ヌーヴェルも空間演出も魅力の一つで、歴史と現代美が融合したブルス・ド・コメルスが2021年に再誕生しました。
心に残った作品と考察

ブルス・ド・コメルスの空間は、コンクリートの冷たさとは対照的に、天井ガラスから差し込む自然光によって温かみを感じる場所でした。特に天井画と円形ドームの構造が印象的です。19世紀に描かれた世界の穀物取引の様子が360度にわたって描かれ、歴史的背景も伝わってきました。
アーサー・ジャファ(Arthur Jafa) ”Love is the Message, the Message is Death” 2016
1960年代の公民権運動から現代に至るアメリカの黒人社会の歴史、苦悩、誇り、そして抵抗の姿を、実際の映像と力強い音楽で詩的に表現した作品です。マルコムX、ノートリアスBIG、白人警官による暴力事件などの映像が流れ、社会への問いかけと深い感情が重層的に伝わってきました。
上映空間では、天井に描かれた19世紀の穀物取引の絵と、現代の映像が対照的に重なり合い、人間の光と影、歴史と今を見せつけられるような体験でした。また映像を通じて、海外で生きる自分自身のアイデンティティや立ち位置についても、深く考える時間となりました。
アーサー・ジャファ(Arthur Jafa) ”AGHDRA” 2021
真っ暗な部屋で鑑賞する映像作品。沈む太陽と波が音とシンクロし、瞑想のような状態に導かれます。メルヴィン・ギブス(Melvin Gibbs)による重厚なベース演奏と、後ろにはゆっくりと流れ音程が掴めない音が耳の奥にまで響き、終末後の世界をどこまでも漂うボートに乗っているような感覚になりました。
AGHDRA のサウンドは、映像の美しい黒い波がうねる世界観と一体化し、身体で聴くような深い振動と心理的ゾーンを生み出しています。美しくも虚無的で、希望のない静かな絶望感が心に残る作品でした。
ブルス・ド・コメルスの見どころ
ブルス・ド・コメルスでは、実験的な映像や写真作品、絵画・彫刻など多彩な現代アートの最前線を体感できる展示が魅力で、内容は定期的に入れ替わります。最上階にはカフェや休憩スペースもあり、ブルス・ド・コメルスに関する映像も楽しめます。
- コンクリートで包まれた“静けさ”と“強さ”の空間
安藤氏の設計によって挿入されたのは、巨大なコンクリートの円筒状構造。この構造は、歴史的建築と現代的空間との対話を促す“場”として、訪れる人に強烈な印象を与えます。 - 天井画と円形ドームは圧巻
天井には19世紀に描かれた、世界中の穀物や食べ物を取引している絵が360度描かれています。天井のフレスコ画、鉄の梁、石の壁、そして静かに佇む現代アート作品たち。 - 中央ドームのインスタレーション
ドーム下の空間には、常に大型インスタレーションが設置され、訪れるたびに全く違う景色が広がります。まるで“空間そのものが作品”であるかのような体験は、他の美術館ではなかなか味わえません。 - 変わり続ける展示、揺るがぬ美意識
ピノー・コレクションは、フランソワ・ピノー氏による私的な現代アートコレクションであり、世界屈指の規模を誇ります。現代アートの最前線に立つアーティストの作品が並び、定期的に入れ替わる展示も注目のポイント。 - 彼のコレクションに名を連ねるアーティストたち
・マウリツィオ・カテラン(Maurizio Cattelan)
・シンディ・シャーマン(Cindy Sherman)
・ダミアン・ハースト(Damien Hirst)
・村上隆(Takashi Murakami)
・ジャン=ミシェル・バスキア(Jean-Michel Basquiat)
・ルイーズ・ブルジョワ(Louise Bourgeois)
さいごに
ブルス・ド・コメルスは、歴史と現代、東洋と西洋、静けさと刺激が溶け合う、特別な現代アートの拠点です。フランソワ・ピノーの貴重なコレクションとともに、写真・彫刻・インスタレーションなど多彩なジャンルの前衛的作品が並び、訪れるたびに異なる表情を見せてくれます。
静かで余白のある時間を楽しめるのも、この美術館ならではの魅力。ルーヴル美術館やオルセー美術館とは異なり、鑑賞というより“体験”としてアートと向き合える空間は、旅に深い余韻をもたらします。パリの円形美術館で、“今”のアートと出会う。何度でも訪れたくなる、そんな場所です。
ブルス・ド・コメルス(Bourse de commerce) 旧商品取引所ピノーコレクション
開館時間:10:00 - 19:00(火曜休館|金曜日は21時まで)
第1土曜日:17時 - 21時まで入場無料
入場料:15ユーロ(企画展により異なる、予約チケット18ユーロ)
公式サイト:ブルス・ド・コメルス=ピノー・コレクション(Bourse de Commerce – Pinault Collection)
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所蔵作品数:約1万点保存
作品の種類:絵画、彫刻、写真、インスタレーション、ビデオ、音声作品、パフォーマンスなど
住所:2 Rue de Viarmes, 75001 Paris, France
最寄り駅:Metro1号線「Louvre-Rivoli」、Metro4号線「Les Halles」