平日の午後、ベルリン中心部に位置するベルリン絵画館(Gemäldegalerie)を訪れました。館内は驚くほど空いていて、3時間ほどゆっくりと作品と向き合うことができました。常設展のチケットで特別展も鑑賞できました。私が訪れた日の特別展は、ウクライナのオデッサ美術館のコレクションが展示されていました。戦禍を逃れてベルリンに避難してきた作品。

特別展の部屋に足を踏み入れると、照明が抑えられた空間、黒いオーガンジーの布で仕切られた空間が広がっていました。その様子がモーニングベール(mourning veil)のようで、言葉にできない静けさと、どこか悲しみを帯びた空気が漂っていました。作品たちは美しくそこに在りながらも、本来の居場所を失い、この地に身を寄せているように感じられました。
常設展で印象的だったのは、細い線で描かれ、時代ととも淡く色褪せたかのような、ややモヤがかかったような淡い光彩の作品でした。まるで写真がその一瞬を切り取ったかのように、繊細な絵画に目を奪われました。ヨハネス・フェルメール「真珠の首飾りの女」(Johannes Vermeer, Woman with a Pearl Necklace, 1663-1665)。ルーブル美術館では見ることができなかった、彼の作品を間近で鑑賞できる貴重な機会でした。
フェルメールの現存作は約36点しか残っておらず、その中でもこの作品は特に評価が高い傑作です。56.1 cm × 47.4 cmと小ぶりながら、窓から差し込む光の表現が美しく、静寂のなか、時間が止まったかのような空間を作り出しています。
美術館では当時の画家たちの生活を再現した部屋や、天然の鉱物や植物から顔料を作っていた様子も展示されていました。ベルリン絵画館は、作品そのものの美しさだけでなく、技法や歴史、文化を総合的に体験できる場所だと思いました。
ベルリン絵画館とは

ベルリンの文化フォーラム地区に位置するベルリン絵画館は、13世紀から18世紀のヨーロッパ絵画を網羅する世界有数のコレクションを誇ります。ヨハネス・フェルメール(Johannes Vermeer)、レンブラント・ハルメンソーン・ファン・レイン(Rembrandt Harmenszoon van Rijn)、ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオ(Michelangelo Merisi da Caravaggio)、ティツィアーノ・ヴェチェッリオ(Tiziano Vecellio)など、巨匠たちの名作が静かに並ぶ、ヨーロッパ絵画史を体系的に学べる美術館です。
絵画の見方が変わる:技法と歴史に注目
顔料の秘密
多くの作品で天然鉱物由来の顔料が使われています。ラピスラズリから作られる高価なウルトラマリンブルーは聖母マリアの衣に、辰砂から作られる朱色は権力の象徴として使われました。当時の作品を見ながら、この色はどこから来たのだろうかと想像すると、作品の価値がより深く理解できます。
光の表現の進化
フェルメールの柔らかな自然光、カラヴァッジョの劇的な人工光、レンブラントの神秘的な光。同じ光でも、画家によって表現は全く異なります。光の描き方に注目しながら作品を巡ると、各画家の個性が浮き彫りになります。
展示作品
ベルリン絵画館の収蔵は、13世紀から18世紀のヨーロッパ絵画が中心です。ルネサンスからバロック期、ロマン主義まで幅広くカバー。展示は基本的に年代順・地域別に分類されていて、テーマ別よりも時代の流れと画派を重視しています。
- イタリアルネサンス:ボッティチェリ、ラファエロ
- フランドル・オランダ:レンブラント、フェルメール
- ドイツ・ロマン主義:カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ
収蔵作品
ヨハネス・フェルメール(Johannes Vermeer)「真珠の首飾りの女」1663-1665

ベルリン絵画館(Gemäldegalerie)
女性は真珠の首飾りを手に取り、鏡を見つめる自然な姿勢で描かれています。窓から差し込む光が頬や首飾りを柔らかく照らし、控えめながらも強い存在感を放っています。17世紀オランダで流行した虚栄や日常の美をテーマにしており、人間の美しさと虚栄のはざまを静かに映し出しています。
首飾りの真珠は富や清らかさ、儚さの象徴で、虚栄と内面性の対比を感じさせます。モデルがフェルメールの妻なのか実在しない人物なのかは定かではありませんが、同じような理想化された女性像は「手紙を書く女」など他の作品にも描かれており、彼が描き続けた理想の女性像のひとつなのかもしれません。
鑑賞のヒント
- 光と空間表現の詩的名作
- 女性の視線の先、そして鏡を見つめる彼女の内面的な瞬間が捉えられている
- 光の方向や影の落ち方を意識すると、空間構造や立体感が理解できる
アンナ・ドロテア・テルブッシュ(Anna Dorothea Therbusch) 「自画像」(Self-portrait)1782

ベルリン絵画館(Gemäldegalerie)
この自画像は、テルブッシュが1782年に描いた未完成の作品で、彼女の最後の作品と考えられています。画面の中で、テルブッシュは学者として、また尊敬される優雅な人物として自身を表現しており、片眼鏡(モノクル)を装着した知的な姿が印象的です。眼差しには自信が宿り、職業画家としての誇りと落ち着きが感じられます。まさに、芸術の世界で自らの地位を確立した女性のプライドが表れています。
18世紀のベルリンで活躍したテルブッシュは、女性が美術アカデミーで学べなかった時代に、父から肖像画の技術を学びました。画面を直視するその姿勢からは、独立心と自己主張、そして画家としての確かな技術が伝わり、観る者は彼女の強い意志と職業的誇りを感じることができます。静かに佇む表情には、画家として生きた人生の深みが凝縮されています。
鑑賞のヒント
- ベルリン生まれの女性画家
- 衣装や小物に注目し、当時の社会的立場や趣味を理解する
- 表情や目線から、人物の性格や心理を感じる
- 光と影の柔らかさ、肌の質感に注目
さいごに
ベルリン絵画館は、単に絵画を見るだけではありません。広くゆったりした展示空間で、作品をじっくり鑑賞できるのはもちろん、建築や歴史、文化を総合的に体験できます。
世界的な名作を混雑なく鑑賞できる贅沢さ、体系的に構成された展示による美術史の学び、そして予期せぬ特別展との出会い。3時間があっという間に過ぎる充実した時間でした。
特に印象的だったのは、避難してきたオデッサ美術館の作品たち。美しい芸術作品でありながら、同時に現代の戦争という現実を静かに物語る存在でもありました。芸術が時代を超えて人々を繋ぎ、守られるべきものであることを、改めて実感させられます。
ベルリンを訪れる際は、足を伸ばしてみてください。絵画を愛する人はもちろん、歴史や技術、人間の創造性に関心がある全ての人にとって、かけがえのない体験になるはずです。
Gemäldegalerie(ベルリン絵画館)
開館時間:火〜日 10:00〜18:00(月曜休館)
入館料:一般 12ユーロ
公式サイト:Gemäldegalerie(ベルリン絵画館)
混み具合:空いている
所要時間:2〜3時間
住所:Matthäikirchplatz 6, 10785 Berlin, Germany
アクセス:地下鉄U2「Potsdamer Platz」駅から徒歩約10分、バスM29、200系統「Potsdamer Platz」下車すぐ
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