ロダン美術館(Musée Rodin)は、世界的彫刻家オーギュスト・ロダン(Auguste Rodin)の作品と、その人生を味わい尽くせる特別な空間です。緑豊かな庭園、美しい建築、そして芸術の本質に触れられる数々の名作。アートファンだけでなく、パリを訪れる誰もにおすすめしたいスポットです。

この記事では、見どころや収蔵作品に加え、カミーユ・クローデルや友人の作品、また彫刻の制作過程など、美術館の魅力をご紹介します。

暑いパリの午後、ロダン美術館にて

6月30日、パリは一気に気温が上がり、最高気温は29〜30度に。美術館はまだ涼しいかと思い、ずっと訪れたかったロダン美術館へ。彼の彫刻作品、そして実際に彼が暮らしていた住居でもあるその場所を訪ねましたが、館内は意外にも暑く、少し驚きました。

作品保護のために窓が閉められており、風が通らなかったのです。もし窓が開けられていたら、もっと快適に過ごせたかもしれません。美術館の庭園にある木陰が心地よく、また夕方には涼を感じることができました。

展示されていた彫刻は素晴らしく、その魅力に暑さを忘れるほどでした。とくに印象に残ったのは、カミーユ・クローデルの作品です。彼女の彫刻は、まるでそこに人がいるかのような存在感と、肌の質感や表情から伝わる豊かな感情が特徴的。石であることを忘れるような、柔らかく流れるような線。女性的、その繊細さやセクシュアリティに、思わず見惚れてしまいました。

ロダンの長年の愛人でもあったカミーユ・クローデル(Camille Claudel)。彼女とロダンは、お互いに影響し合い、多くのインスピレーションを与え合っていたいたのだろうと感じさせられます。


1. 心に残った作品と考察

手前:カミーユ・クローデル(Camille Claudel) ”ペルセウスとゴルゴン(Persée et la Gorgone)” 1899
奥:オーギュスト・ロダン(Auguste Rodin) ”ペルセウスとメドゥーサ(Persée et Méduse)” 1887 ロダン美術館[Musée Rodin]

カミーユの”ペルセウス”では、ペルセウスが片手にメドゥーサの首を、もう一方の手に鏡の盾を持ち、その鏡越しにメドゥーサを見ている姿が描かれています。これは神話に基づいた構図であると同時に、見ること、見られること、そして自己を見つめるという行為を象徴的に表しています。

この作品は、カミーユがロダンとの関係を断ち、自身の内面と真摯に向き合うようになった時期に制作されました。メドゥーサの顔がカミーユ本人に似ていると言われていることからも、この作品が単なる神話の再現ではなく、自身の苦悩や内省を投影した、極めて個人的な作品であることがうかがえます。

一方で、ロダンの”ペルセウスとメドゥーサ”は未完ではありますが、英雄神話を伝統的に解釈した作品といえるでしょう。力強く理想化されたペルセウスの姿、明確に描かれた勝者と敗者の構図は、男性中心の視点から神話を語るものとして印象づけられます。

また、素材の扱いにも両者のアプローチの違いがはっきりと表れていました。カミーユの作品は、石でありながらまるでシルクのような柔らかさと温かみを感じさせ、見る者に静かな感情の波を呼び起こします。対してロダンの作品は、表面が荒々しく、重量感と力強さが際立っており、造形としての迫力が強調されていました。

同じ神話を題材にしながらも、二人の視点はまったく異なっています。ロダンは古典的な英雄像を追求し、形式美と緊張感に重きを置いています。一方カミーユは、神話の中に自己を重ね、内面の葛藤や再生を静かに語りかけるような作品を生み出しました。

その対照の鮮やかさに、私は深く惹きつけられ、強く心を動かされました。

オーギュスト・ロダン (Auguste Rodin) 年表
オーギュスト・ロダン (Auguste Rodin) 年表

1840年 パリ生まれ。中産階級の家庭に育つ。
1857年 美術学校(エコール・デ・ボザール)の彫刻科を受験するが不合格(以降3回落ちる)。職人として働きながら彫刻を学ぶ。
1864年 最初のパートナー・ローズ・ブーレとの間に息子をもうける。
1875年 イタリア旅行でミケランジェロの作品に触れ、大きな影響を受ける。
1877年 ”青銅時代”を発表。リアルすぎると非難され話題に。
1880年 ”地獄の門”の制作を国から正式に依頼される(未完に終わるが、数々の名作がここから生まれる)。
1883年頃 弟子として出会ったカミーユ・クローデルと恋愛・創作関係に入る(後に破局)。
1886年 ”接吻””考える人”などの独立作品を発表。名声が高まる。
1891年 作家バルザックの肖像制作を依頼される。後に”バルザック像”として発表(当時は酷評されたが、のちに再評価)。
1900年 パリ万国博覧会で個展を開き、国際的に評価を確立。
1908年 パリ7区の邸宅「オテル・ビロン」に移り住む(現在のロダン美術館)。
1917年 11月、ローズ・ブーレと結婚(数週間後に彼女が死去)。同年11月17日、ロダン死去(77歳)。
1919年 ロダン美術館開館(遺言により、邸宅と作品を国家に寄贈)。



2. ロダン美術館とは? 

オーギュスト・ロダン(Auguste Rodin) ”眠り(LE SOMMEIL)” 1889-1894 ロダン美術館[Musée Rodin]

ロダン美術館は、パリ7区、アンヴァリッドの近くに位置する18世紀の邸宅「ビロン館」を利用した美術館で、1919年に開館しました。ここはロダンが晩年を過ごし、多くの名作を生み出した地でもあります。

ロダンが制作した工程を垣間見られる美術館

ロダン美術館の魅力のひとつは、単に完成品としての彫刻を見るだけでなく、ロダンがどのように作品を構想し、試作し、完成へと導いたかという「制作の過程」そのものを体験できる点にあります。

館内には石膏原型、未完成の彫像、構想スケッチ、さらには指示を書き込んだ図面なども展示されており、「作る」という行為そのものが一つの芸術として感じられます。ロダンが作品にどのように命を吹き込んだのか、その思考の痕跡を追体験できるのです。

  • アートの本質に触れる
    ロダンの作品は、「動き」「内面」「感情」を彫刻で表現しようとした点で、近代彫刻の父とも言われます。石やブロンズが、まるで血が通っているかのように感じられる体験は、他では得られません。
  • 建築と庭園の美
    ビロン館は18世紀ロココ建築の見事な保存例であり、その内装と調度品も見どころ。さらに広大な庭園には彫刻が点在し、四季折々の自然とともにアートを体感できます。
  • 現代アートへの架け橋
    ロダンのアプローチは後の現代アートにも多大な影響を与えました。たとえば、彫刻における未完成の美、素材の質感を活かす手法、身体表現の極限。これらは現代アートにも通じる視点です。



3. 収蔵作品について

オーギュスト・ロダン(Auguste Rodin)”考える人(Le Penseur)” 1902年 ロダン美術館[Musée Rodin]

”考える人(Le Penseur)”1902年

ロダンの『考える人』は、深い思索に沈む男性像で、人間の内面や知性の力強さを象徴する彫刻です。

  • 作品の特徴
    ロダンの最も有名な作品。もともとは《地獄の門》の一部として構想されたこの像は、逡巡する詩人ダンテを表現しているとされます。全身を使って「考える」ことを表現する筋肉の緊張感、構図の力強さが際立ちます。
  • 見方のポイント
    真正面だけでなく、360度あらゆる角度から鑑賞してみましょう。背中や腕、足の筋肉の表現、そして顔の細かな陰影に至るまで、ロダンの緻密な観察力が感じられます。
  • インスピレーションの背景
    ロダンは人間の内面を彫刻で表現することに挑戦し続けました。思考という抽象的な概念を、重厚なブロンズ像で表したこの作品は、当時としては革新的でした。


”ダナイド(La Danaide/Danaid)”1889年

この彫刻はギリシア神話の「ダナオスの娘たち」の一人を描いた作品。罪を犯した罰として、底なしの壺に永遠に水を汲み続ける運命を背負った彼女たちは、「無限の苦しみ」の象徴とされます。

  • 作品の特徴
    石に身を投げるようにして倒れる裸婦の姿は、肉体の重さと精神の絶望を同時に感じさせます。髪や体が大理石に溶け込んでいくような表現が非常に官能的で、ロダンの彫刻が「生命を宿している」と言われる所以です。
  • 見方のポイント
    身体の流れるような曲線や、力尽きた腕の重みを注視することで、悲劇性と美しさの対比がより深く感じられます。
  • インスピレーションの背景
    ギリシャ神話のダナイデスの物語に着想。永遠に水を汲み続ける呪いに苦しむ女性たちの絶望を象徴しています。


まとめ

ロダン美術館は「作品の裏側」まで感じられる、唯一無二の芸術体験

  • 未完成の原型や石膏像から見えてくる「制作のリアル」
  • 共に芸術を語り、創りあげてきた仲間たちの存在
  • 時代を超えて影響を与えあった画家たちの作品

ロダン美術館は、ただ作品を「鑑賞」するのではなく、その生まれる過程、作家の想い、影響を受けた人間関係や文化的背景までを、深く、広く体感できます。静かな空間で「人間とは何か?」という問いに向き合える、希有な場所です。芸術、自然、歴史、哲学、建築が交差するここで過ごす数時間は、人生にとって大切なひとときとなるはずです。

ロダン美術館(Musée Rodin)

開館時間:火曜〜日曜:10:00〜18:30(最終入場17:45)
休館日:月曜、1月1日、5月1日、12月25日
入場料:一般 13ユーロ(特別展込み)
公式サイト:ロダン美術館 
オーディオガイド:日本語対応あり(有料)
住所:77 Rue de Varenne, 75007 Paris, France
最寄駅:メトロ13号線「Varenne」駅 徒歩約2分
チケットは事前予約がおすすめ
▶︎ロダン美術館音声付スキップ・ザ・ライン入場券(GetYourGuide)



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