新宿、と聞いて何を思い浮かべますか。世界一の乗降客数を誇る巨大な駅、眠らない歌舞伎町の明かり、あるいは深夜のゴールデン街に揺れる提灯。どれも新宿の顔ですが、もうひとつ、忘れてはならない顔があります。それが芸術の街という顔です。

高層ビルが立ち並ぶ西新宿の一角に、ひっそりとたたずむSOMPO美術館。ここには、世界でも6点しか現存しないフィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent van Gogh)の《ひまわり(Sunflowers)1888》のうちの1点が、今日も静かに訪れる人を待っています。そして2026年、この美術館は開館50周年という大きな節目を迎えました。

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SOMPO美術館とは?新宿の空に浮かぶ美の殿堂

損保ジャパン本社ビルの42階に位置するSOMPO美術館は、新宿駅の西口から歩いてわずか5分ほど。もともとは洋画家・東郷青児ゆかりの「東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館」として1976年7月に開館し、2020年に現在の名称に生まれ変わりました。

日本初の高層階美術館として半世紀の歴史を重ねてきたこの場所は、ゴッホ、ルノワール、ゴーギャン、セザンヌといった西洋近代絵画の名品から、東郷青児をはじめとする日本の近代洋画まで、約640点のコレクションを誇ります。

展覧会開催中はいつでもゴッホの《ひまわり》を鑑賞することができ、アジアで唯一《ひまわり》を常設展示している美術館として、世界中のアートファンに愛されています。


─ SOMPO美術館「モダンアートの街・新宿」記憶 ─


開館50周年記念展「モダンアートの街・新宿」

2026年1月10日から2月15日まで開催された「モダンアートの街・新宿」展は、開館50周年を飾る記念すべき第一弾の展覧会でした。残念ながらすでに会期は終了していますが、この展覧会について書かずにはいられません。それほどまでに、心に残る体験だったからです。

展覧会のテーマは「新宿と芸術家の関係」。明治末期から戦後にかけて、この街がいかに多くの芸術家たちを育み、引き寄せてきたかを、絵画・版画・詩画集など多彩な作品で辿るものでした。


東郷青児《ピエロ》ずっと見たかった、あの眼差し

この展覧会で最初に足が止まったのが、東郷青児の《ピエロ》(1926年)でした。訪れる前からずっと見たかった一枚です。

赤褐色の衣装に白い丸、白い襟巻き。鼠のような目だけが覗く、無表情な仮面。ピエロはじっとこちらを見ています。笑いも悲しみも、何も宿っていない。ただ、静かに時間ごとこちらを見つめてくる。

後ろには黒い衣を纏った女性のような影があるのに、その顔は描かれていません。背景の垂れ幕のカーブと足元の丸いタピスリーが画面を円く締め、その中心にピエロが鎮座しています。見ているうちに、自分が見ているのか、見られているのかわからなくなってくる、不思議な一枚でした。


東郷青児《超現実派の散歩》この美術館のシンボルが語るもの

SOMPO美術館のシンボルマークにもなっているこの作品(1929年)は、片手に黒い手袋、片足に黒いブーツをはいた人物が三日月へと向かって浮かび上がっているという、夢のような構図です。

三日月なのに空は明るく、飛んでいるというよりどこかのんびりと「散歩」しているように見える。ルネ・マグリットにも通じる詩的なシュルレアリスムの世界で、じっと見ていると自分も少し、地面から離れるような心地がします。


心を掴まれて動けなかった版画の間で

展覧会の中で最も長く立ち尽くしたのは、版画のコーナーでした。

吉田博《神楽坂通 雨後の夜》(1929年)の前で、時間が止まりました。木版で刷られたその一枚には、雨に濡れた石畳の道に灯りが揺れながら映り込む、言葉にしにくいアンニュイな光があります。古い手焼きの写真を見ているような感覚、でも白黒ではなく深みのある褐色と金色に満ちていて、あの夜の神楽坂にそのまま連れていかれるような、そんな一枚でした。

すぐ近くには織田一磨《新宿ステイション》(1934年)もあります。石板に彫ったリトグラフで、こちらはモノクロームの世界。明かりの灯るプラットホームに、輪郭のぼやけた人影が行き交う。静かなのに、どこかから人の話し声が伝わってくるような、不思議な奥行きのある作品です。

そして、阿部展也(芳文)と瀧口修造による詩画集《妖精の距離》(1937年)も展示されていました。詩と絵が一冊の中で呼応し合う、芸術がジャンルの枠を軽々と越えていた時代の証言として、静かな存在感を放っていました。


ゴッホの《ひまわり》58億円の裏に隠された物語

SOMPO美術館入り口

世界に6点しかない、5枚目の「ひまわり」

ゴッホが描いた「花瓶に挿された向日葵」をモチーフとした油彩は、全部で7点制作されたとされています。そのうち1点は第二次世界大戦の空襲によって焼失し、現存するのは6点のみ。SOMPO美術館が所蔵するのは、制作順でいうと5点目にあたる作品です。

この絵は、1888年の晩秋から冬にかけて、ゴッホが南フランス・アルルの「黄色い家」で描きました。実はこれ、同年8月にロンドン・ナショナルギャラリーに収蔵されている「ひまわり」を、ゴッホ自身が描き直したものなのです。基本的な構図や色は同じながら、タッチや色調が異なっています——これはただのコピーではなく、ゴッホが深く考察しながら取り組んだ、もう一つの「ひまわり」なのです。


ゴーギャンのために描いた絵

では、なぜゴッホはこの時期に《ひまわり》を描いたのでしょうか。その理由は、ゴッホが心から敬愛していた画家・ポール・ゴーギャンにあります。

ゴッホはゴーギャンを黄色い家に招き、一緒に暮らしながら絵を描く共同生活を夢見ていました。ゴーギャンが到着する前の8月、ゴッホはその喜びと期待に満ちながら《ひまわり》を描き、ゴーギャンが泊まる部屋を飾ったといわれています。


100年の時を超え、新宿で咲き続ける《ひまわり》

1987年、当時の史上最高額の58億円で落札されたゴッホの《ひまわり》。「文化遺産を次世代へ」という企業の決断が、今、私たちが新宿で本物のゴッホに出会える未来を作ってくれました。

現在はSNS投稿も解禁され、より身近な存在に。

ミツバチさえも惹きつけるといわれる精緻な描き込みと、光を受けて浮き上がる絵具の質感。画面越しでは決して味わえない、ゴッホの魂の震えがそこにあります。


さいごに

損害保険会社の高層ビルの中にある美術館が、50周年の記念展で選んだテーマが「街」だったこと、私はその選択に、静かに打たれました。自分たちのコレクションではなく、窓の外に広がる新宿を見つめようとした姿勢。それはこの展覧会が讃えた芸術家たちと、どこか重なっています。

芸術はギャラリーの中だけにあるのではなく、雨に濡れた路地にも、版画の線の一本一本にも、黄色い花弁の盛り上がりにも宿っている、そう信じた人たちへの敬意が、この美術館の50年間に流れているのだと思います。

美術館を出て、冬の新宿西口の空気を吸います。摩天楼の群れ、無数の人波。でも私の眼には、少しだけ違って見えていました。このざわめきの底に、芸術家たちの記憶が層のように堆積している。そう思いながら歩くと、いつもの新宿が、少しだけ別の顔を見せてくれる気がします。

新宿で芸術家の幽霊を探すのは、難しくありません。彼らはまだ、この街のどこかに住んでいます。


新宿エリアを拠点に、東京観光をゆっくり楽しむ

新宿は新宿御苑や都庁展望室、ショッピングエリアにも近く、東京観光の拠点として便利なエリアです。イベントや展覧会を訪れたあともゆったり過ごしたい場合は、周辺に宿泊するのもおすすめです。

SOMPO美術館(ソンポ美術館)

開館時間: 10:00〜18:00(金曜日は20:00まで)
※入館は閉館30分前まで
休館日: 月曜日(祝日・振替休日の場合は開館)、展示替期間、年末年始
料金: 展覧会により異なる(一般1,000円〜1,600円程度)


公式サイト: SOMPO美術館 公式サイト
住所: 東京都新宿区西新宿1-26-1

アクセス: JR・東京メトロ新宿駅より徒歩5分


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