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The Art Club Vol.06
『アート思考』『直島誕生』の著書秋元雄史とよみとく、アートとビジネスの関係とは?

2020.06.25

「The Art Club ~アートとビジネスの原点回帰~」は、緊急事態宣言下で働き方が激変したビジネスパーソンの皆さまにより多くアートとの接点を提供するべくArtScouter事務局により開催されました。

Vol.6は「アートとビジネスの関係についてもっと知りたい」という参加者のご要望にお応えし、アートビジネスの現場に詳しくビジネスパーソンに向けた美術鑑賞の著作もある秋元雄史さんをお迎えして、美術ライターの永田晶子さんにインタビュアーとしてご登壇いただきました。

500名以上のビジネスパーソンの方々にご参加いただいたイベントの内容を一部抜粋し、ご紹介致します。

ArtSouter事務局(以下事務局と表記):本日は東京芸術大学大学美術館館長・教授、練馬区立美術館館長でいらっしゃる秋元雄史さんをゲストにお迎えしています。

著書の『直島誕生』は秋元さんが35歳で福武書店(現ベネッセコーポレーション)に中途入社し、瀬戸内海の直島を舞台にさまざまなアートプロジェクトを実現していく経緯を描き、企業とアートの接点が非常に分かりやすく伝わってきます。

また、近著の『アート思考』はビジネスパーソンがいかにアートと向き合うかを考えるうえで非常に多くのヒントが得られる一冊になっています。本日はこの2冊を読み解く形で、秋元さんにお話をうかがいます。インタビュアーは今春、毎日新聞社を退社し現在は美術ライターとして活動していらっしゃる永田晶子さんです。

永田晶子(以下、永田と表記):秋元さん、みなさま、本日はどうぞよろしくお願いいたします。秋元さんは1990年代後半以降、最先端の現代アートを日本に広く紹介してこられたトップランナーのお一人です。まず簡単な自己紹介からお願いいたします。

秋元雄史(以下、秋元と表記):みなさん、こんばんは。私は現在、東京芸術大学大学美術館と練馬区立美術館の二つの館長職を務め、ほかに文化庁の仕事や東京オリンピック・パラリンピックの文化プログラムに関わるなど、幅広い活動をしています。アートプロジェクトのマネジメントや展覧会の企画まで、ときにプロデューサー的に関わりますが、元々は作品を制作するアーティストでした。

30歳ごろまで作品を制作していましたが、次第に企画する側になりました。30歳ごろからアートライターの仕事をして、35歳にベネッセに中途入社、サラリーマン兼学芸員になりました。

91年から15年間在籍したベネッセでは、国吉康雄美術館と直島アートプロジェクトに携わり、そこで自分なりのアート観をもって、その後、金沢21世紀美術館の館長になりました。「美術館の運営とまちづくり」といった観点から館長の仕事をしました。10年間過ごした金沢を去り、その後、東京に戻ります。今年で65歳になりますから、30年、美術の仕事をしてきたことになります。

東京から離れて、初めて仕事をした場所が、先程もお話した瀬戸内海の小島・直島。人口は3500人ほど。その後の金沢は、中規模都市といえるでしょうか。人口45万人ですが、文化を大事にするところです。そして生まれ故郷の東京に戻ります。東京の人口は1300万人ほど。大都市です。

それぞれ性格も規模も違いますが、自分のテーマは、アートと社会とのつながりを意識したものでした。アートを受け入れて地域がどう変化していくか。「アートと暮らしを考える」といってもいいですが、アートはどのように社会と関わるのか、どういった役割を担えるのか、といったことがテーマでした。

アートによる資産形成は長期的視点が必要だ

永田:ありがとうございました。今回は秋元さんの著書を題材に、私から質問する形でインタビューさせて頂きます。画面にそれぞれの質問と関連する著書の一節がアップされますので、参加者の皆様はそちらもご覧になりながらお聞きください。

まず一冊目の『直島誕生』は2018年に刊行され、「過疎化する島で目撃した『現代アートの挑戦』全記録」の副題がついています。35歳で初めてサラリーマンになった秋元さんが時に組織の壁に突き当たりながらも、直島に現代アートを根付かせようと奮闘する姿が克明に描かれています。出版直後に私も拝読しましたが、同じ会社員としても身につまされる部分もありました。

最初の質問です。1980年代の日本はいわゆるバブル経済の時期で、それと並行して企業が内部留保資産として美術作品を購入する「アートバブル」と呼べる状況がありました。しかしバブル崩壊後、作品価格が下落して手痛い目にあった企業が多く、その時のトラウマが今も尾を引いていると言われています。ベネッセのコレクション収集に携わった秋元さんからご覧になって、バブル期の企業によるアート購入はどこが問題だったのでしょうか。

秋元:1980年代から90年代初めは各企業がバブル経済の中で踊っている状態で、土地や株への投資にとどまらず、余ったカネで美術作品を購入することがよく行われていました。一概に失敗だったわけでなく、作品を保有したまま時代を乗り切り、成果を出し続けている企業もあります。

例えば安田火災(現損保ジャパン)が87年に購入したゴッホの「ひまわり」は継続的に財団の美術館で紹介されていますし、ポーラ美術館のように数々の近現代名画を広く公開し続けている美術館もあって、アートの普及に一役買った側面もありました。

ただ、考えなしに投機対象として購入した大方の企業は痛い目にあい、最後はサラ金業界に作品が流れ、安値で買いたたかれて海外に流出していきました。そうした状況が大きく報道されたので、アート投資は危ういと一般的に考えられているのかもしれません。

とはいっても当時、53億円だった「ひまわり」は現在、恐らく2~3倍の価格が付くでしょうし、東京都現代美術館が95年の開館時に6億円で購入した時は高額だと批判されたリキテンシュタインの絵画作品も現在は100億円くらいするはずです。これらの例からも分かるようにアートによる資産形成は長い目で見る必要があり、投機的に行うものではないのです。作品価値を見極めるのは専門的知識がないと難しいですし。

永田:昨年、東京で開催された世界的アーティスト、ジャン・ミシェル・バスキア(88年に27歳で死去)の回顧展は、日本の公立美術館が所蔵する作品が多数含まれていました。現在、良質なバスキア作品は入手が難しく、価格も高騰しており、さほど有名でなかった時期に作品購入に踏み切った美術館の目の高さに感銘を受けました。

秋元:バスキアは現在、少し美術に詳しい方なら皆さんご存じですが、美術の専門家の間では80年代から高い評価を受けていました。専門家の意見を聞くことは非常に大切ですね。手前みそになるかもしれませんが、私が収集に携わったベネッセは90年代初頭にバスキア作品を購入しましたし、草間彌生、杉本博司、宮島達男ら世界的作家の作品も有名になる前からコレクションしていました。

永田:さきほど海外流出の話がありましたが、バブル期に企業が購入した作品はその後、どうなったのでしょうか。

秋元:すでに海外に売却された作品といまだに国内で〝塩漬け〟になっている作品があるようです。なぜ表に出ないかと言えば、不良債権化しているからです。購入時と比べて価格が落ち、資産が目減りした事実を知られたくない。

ただし、そうした作品も一度は見直す必要があると思います。市場傾向は変わるので、かつて低く見積もられた作品が再び値上がりしている可能性がありますからね。企業は保有作品をそのままにせず、専門家にきちんと見てもらったほうがいいでしょう。

永田:『直島誕生』はイチ会社員であった秋元さんが新しい価値を創造するアート事業の形成に奮戦した記録とも読めました。その原動力はどこからきたのでしょうか。

秋元:ベネッセは教育産業や福祉など人間にまつわる多様な事業を展開する企業ですからアートや文化的価値観が一定の役割を果たせるのではないかと入社当時から予感がありました。単に数字に基づいてビジネスを組み立てるのではなく、人間を掘り下げることが企業哲学の軸であると経営トップ(当時)の福武総一郎さんは当時からおっしゃっていたし。自分もそう信じて一生懸命やりました。

外部からの評価で変わったベネッセ

永田:「経済は文化の僕(しもべ)である」という福武さんの有名な言葉があります。ベネッセは福武さんの信念に基づいて直島でアートプロジェクトを展開しましたが、社内では必ずしも社員全員がアートの重要性を信じていたわけでもなかった様子が著書からうかがえました。会社としてアートの価値を認め始めたターニングポイントはいつごろでしょうか。

秋元:実感したのは2003、4年ですね。ちょうど直島のホテル(ベネッセハウス)を増築し、地中美術館を開設したころです。まずアートコレクターや美術関係者の間で「面白い島がある」と口コミで広がり、想像もしなかった有名人も直島を訪れて徐々に存在が知られるようになりました。

すると社内でも「文化で町おこし、島おこしができる」と認識され、部課長クラスの間でも「企業イメージ的にいいのではないか」という雰囲気が醸成されていきました。要するに最初のきっかけは外部からの評価ですね。

事業的には2000年代初めまで赤字でしたが、現在はそこそこ収益も出ているはずです。ベネッセの取り組みによって、直島を訪れる観光客の数は一気に増えました。1990年代初頭は年間1万人程度でしたが、2010年に瀬戸内国際芸術祭が始まったこともあり、現在は年間約50万人。ちょっと大変なことになっているようです。

永田:会社が資産として提案アートを購入する時に、ベネッセのように専門家を配置できる企業は少ないと思います。どのような人に相談すれば適切な作品を選ぶことができますか。

秋元:身近なところでは信頼がおけるギャラリーがいいと思います。ギャラリーは信用商売なので、きちんとした作品を勧めてくれるでしょう。大金を費やして本格的な資産として購入する場合、アメリカにはプロの美術アドバイザーがいますし、美術館のキュレーターがコレクションづくりを助言することもあります。

作品選びは金銭的価値だけではなく、顧客の好みや指向も大切ですから、総合的に相談できる人間が望ましいのですが、まだ日本にはそうした人材が育っていません。銀行の中に相談窓口をつくる動きがありますけれど、なかなかやりきれていないようですね。

事務局:SMBC信託銀行が日本橋支店をアート作品で埋め、顧客に鑑賞してもらう取り組みを始めています。(ART HOURSでの記事はこちら

秋元:ヨーロッパではドイツ銀行のように銀行が率先して作品を収集し、顧客がアート投資を怖がらない土壌をつくっています。また現代アートの最大の国際見本市アート・バーゼルのメインスポンサーはUBS(スイスユニオン)銀行です。日本でもそうした取り組みが増えるといいのですが。

飛躍的構想力にはアート的感性が必要

永田:ありがとうございました。次に『アート思考』へ移りたいと思います。こちらは「ビジネスと芸術で人々の幸福を高める方法」の副題が付いています。冒頭、最近注目されている「アート思考」について世間で誤解があると書かれていますが、どのような誤解があるのでしょうか。

秋元:新しいビジネスを考えるハウツーもののように捉えられている面があると思います。でも、アートはそれほど分かりやすいものではありません。もしアート的なものが必要とされているのなら、それは社会そのものが大きく変わり、それに対してどう向き合っていいか模索しているからかもしれませんね。

また利益をえるというだけの関係で社会と向き合うのが辛くなってきているのかもしれません。どのような形で自分が社会の中で貢献できるか、そんなことを意識する人が増えているためかもしれないですね。

環境問題や人権の問題など、普遍的な問題が浮上して短期的な視野ではうまく見通せないという事情もあると思います。全方位的な人間の在り方を軸にした考え方はアートに通じるし、単なるお金儲けのためではなく、自分の価値観を形にして継続させるランニングコストを得るためにビジネス化する人も出ています。アート的な思考は遠回りのようですが、意義あるビジネスが生まれるきっかけになり得るのです。

永田:「アート思考」の前には「デザイン思考」が注目され、さまざまな解説書が出版されました。この二つはどこが違うのでしょうか。

秋元:実はアートはデザインに接近し、デザインもアートに接近して次第に境目がなくなってきています。ただ定義として切り分けると、デザイン思考は課題に対して解決方法を提示する「問題解決型」です。一方、アート思考は「何が問題なのか」を見つけることが出発点になります。

元々アートは内省と自己探求の中から生まれてくるものです。スタートアップ企業ではアート系の教育を受けた創業者が目立ちますが、ゼロから新しいものを作り出すには相当な構想力が必要です。そうした飛躍的構想力は「1+1=2」といった論理的な積み上げだけではたどり着けません。自分なりの世界観が不可欠で、それにはある種のアート的な感性が必要なように思います。

永田:アート鑑賞によりビジネスパーソンが何らかの効用を得たいと考えた時、どのような点を意識するべきですか。

秋元:自由に感性の赴くまま見る。歴史や社会的文脈を知ったうえで鑑賞する。両方とも必要だと私は思います。アート作品は基本的に自由に見ていいものですが、その表現が個人をこえてどのような意味を持つか理解しようとすると、客観性を伴う社会的言説に落とし込むことが必要になるからです。自分の感性や考えを掘り下げつつ、広い世界や社会を知るためのツールがアートだとも言えますね。

事務局:秋元先生に作成して頂いた「ビジネスパーソンのアート活用」というパワーポイント画面を今表示しています。こちらを簡単に解説していただけますか。

秋元:ビジネスとアートの関係は「個人」「企業」の二つの次元があります。前者は教養主義的にアートに向き合うと良いのではないでしょうか。ビジネスは決断を迫られる局面がしばしばありますが、適切な判断を下せる人間性を磨くために芸術的素養は役立つと思います。大量の情報が飛び交う現在、言葉は軽くなり、脊髄反射的にSNSでつぶやく行為が日常的になっています。だからこそ、内省を促し、個人が思考を深める手段としてアートに注目してほしいのです。

また現代アーティストが扱う領域は非常に広く、環境問題、イデオロギー、ダイバーシティー、グローバリズム、ヒューマニズム、人権、宗教等々、あらゆる問題に及びます。そうした世界中で起きている出来事について、私たちはアーティストの感性というフィルターを通して知ることもできるのです。

永田:ビジネスの場でアートはコミュニケーションのツールになり得るのでしょうか。

秋元:海外では初めての人同士が出会う場では相手の価値観や考え方を知る一つの手段として文化的な話をすることが多い。初対面の人と政治の話はできないし、お天気の話を長々とするわけにもいきませんから。

これが結構、深い話ができるのですね。先ほども言ったように現代アートは多様な領域を扱っていますから、例えば資本主義とテロリズムといったシリアスな問題でも作品を介してなら意見交換ができたりします。

永田:最後のご質問です。秋元さんはどのようにして将来有望な作家を発掘していますか。

秋元:一番信頼がおけるのはアーティストからの情報ですね。自分事ですからアーティストは目が肥えた人が多く、特にトップアーティストの「あの作家は面白い」といった評価は当たっていることが多いのです。情報の流れとしてはアーティスト→キュレーター→美術関係者→ジャーナリスト、の順でしょうか。

永田:本日は長い時間ありがとうございました。

ArtScouterは、今後もアートに興味があるビジネスパーソンがアートに対する様々な知見を深めることができる機会として「The Art Club」を開催させて頂く予定です。その他のイベント情報も合わせて、TwitterFacebookにて発信しておりますので是非ご確認ください。

ArtScouterが取り扱っているアーティストの作品を見たい、または価格を確認したい場合はこちらまでお問い合わせください。

文    永田 晶子

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