Article

「わからないといけないもの」ではなく 「わからない」という好奇心を満たすもの
−コレクター 笹川直子

株式会社クィーン 代表取締役   笹川 直子さん

1989年よりアートコレクションを始め、現代アートを中心に絵画・写真・立体作品などを200点あまり所有。2000年に株式会社クィーン設立。2005年より自然派ヘアケアブランドをスタート2018年6月にはコミュニティサロン「Grenier(グルニエ)」オープン。食・美容・アートなどをテーマにセミナーや展示会などのイベントを企画・運営している。

欲しいアートを買うことが働くモチベーションに

–笹川さんがアートを買い始めたのは20歳の時だそうですね。

笹川さん アートに興味を持ったのは母親の影響です。ただ、途中からは自発的にギャラリーを回り始めましたね。私はいわゆる「お茶汲みOL」で、その仕事で充足感を得ることはなかったんです。だから、ちょっと刺激が欲しいという気持ちがありました。

アートの業界って、面白い人がたくさんいるんです。アーティストは評価されるかどうかよりも、自分の作りたいものを作るんですよ。すごく孤独で孤高な活動だと思います。それに、彼らは考えていることも面白いんです。物事のある部分についてずっと深掘りして考えていたりして、単純にオフィスにはいない人ばかりなんです。

それでいて、アートの周りには経営者も学生もお金持ちも関係なくいろんな人がいて、皆がフラットに交われる場があるんです。それがすごく自由で居心地が良くて、そういうコミュニティを楽しんでいました。

–コレクターになったのは?

笹川さん 私は何かアートについて専門的な勉強はしてこなかったので、コミュニティに顔を出すとしたら、コレクターとして身銭を切る役割しかないのかなと思ったんです。でもそれは、お金を払って楽しませてもらっているという感覚なんです。

コレクターとして、自分なりのテーマを決めた方がいいのかなと思ったりしたことはあるんです。だけど、枠を作ってしまうことで買えないものが出てくるのが嫌だったので、特に決めていません。タイミングが合って、ご縁があった作品をできる範囲で買うというスタンスです。

現代アートに触れると社会問題に敏感にならざるを得なくなる

–最初に買った作品はどのようなものだったのですか?

笹川さん 母親の知り合いが経営する画廊で、クロード・ヴィアラという方の作品を買いました。1960年代にフランスで起こった「Support/Surface(シュポール・シェルファス)」というムーブメントの中心にいる方で、大きな布に描かれた大作です。部屋には飾れないくらい大きいんですが、どうしても欲しいと思ったので、100万円ほど出してボーナスから少しずつ払いました。

©︎Claude Viallat

私はもともと、まずやってから考えるタイプなんです。とりあえず飛び降りる。アートについても同じで、まず飛び降りました。だから、皆さんにも「まずは飛び降りて買ってみたらいいのに」って言いたいですね。そんなに恐れることではないですから。

買ったら、何とかするんですよ。自分で責任を取るというか、そのために必死に働くし、頑張るモチベーションにもなる。そうやって30年近くコレクターを続けてきました。

PDCAみたいなことは一切考えず、フィールドワーク的にやってきてしまったので、出会いや縁が有機的に広がって今の状態になっています。ただ、今に至る1つ1つの小さな決断は全て自分でやってきたので、振り返ったらちゃんと自分模様が出ているし、自分史になっているんです。そこもまた面白いなあと思っていますね。

©︎Claude Viallat

–現代アートの魅力について、どのようにお考えですか?

笹川さん 一番自由だし、変わった人が多くて、私にとっては面白かったんです。作家も生きているので、作った人に直接話が聞けますよね。

コンセプチュアルな作品の中には一見、「何だこりゃ?」というものもあります。「わからないといけない」と思ってしまうのかもしれません。でも、わかるわけないじゃん、と。ただ、そういうものを前にした時の「何これ?」という好奇心。それを満たしてくれるのが現代アートなのかなと思っています。

あとは今の社会や世界、今の自分というところから作られ、問いかけをするような作品も多いですよね。絵画に限らず、いろんな手法で社会問題を可視化するアーティストがいて、そんな彼らの作品に触れていると、社会に対して敏感にならざるを得ないんです。

だから、現代アートを見ることは、物の見方の訓練なのかもしれません。本を読んだりするのと同じくらい、アートを通じて得たものが自分の血となり肉となり、成長にも結びついている気がしています。

「ライスワーク」と「ライフワーク」をもっと融合させたい

–経営者として、ビジネスとアートの関係をどのように考えていらっしゃいますか?

笹川さん ヘアケアブランドをつくったのは、自分が欲しいものを作ろうと思ったから。基本的には、自分自身の内側から出てきたものを形にするというものづくりを、食べるための仕事という意味で「ライスワーク」としてずっとやってきました。

一方で、アートは私にとっては「ライフワーク」であり、ずっとライスワークとは別物として考えていたんです。でも、リンダ・グラットン氏の『LIFE SHIFT』を読んで、もっと融合させていいんだと考えるようになったのは大きな転機となりましたね。

日本では、いまだにスペックでものづくりをしがちです。でも、世界の環境ではそういう競争はもう終わっています。モノや技術のスペック競争を続けているだけだと、結局はコモディティ化(日用品化)して価格競争に陥ってしまいます。そうではなく、内なる声に忠実にものづくりを行うような、事業の前提から変えていかなくてはいけないと思います。つまり、「何のためにそれを作っているのか」という意味が問われるということです。

それって、よく考えたらアートがずっとやっていることなんです。だから、もっと商品をアートに寄せていこうと考えていますし、そのためにオフィスに隣接したサロンも作りました。

2018年6月にオープンしたコミュニティサロン「Grenier(グルニエ)」

–アートの可能性については、どうお考えですか?

笹川さん エルメスが取り組んでいますが、規格に合わないものを廃棄するのではなく、アーティストが作り変えることで価値を付け、一点モノとして販売するような発想は、とても面白いと思います。これはSDGsの考えとも通じますが、企業のあり方として大量消費ではないものづくり、サービスづくり、そして意味の転換ということにもっと取り組んでいけるのかなと思っています。

多くの人が貨幣とかGDPのようなもので成長をはかることに疑問を感じている今の世の中において、みんなが少しずつでも幸せになれるとか、多くの人の共感が得られて人の役に立てる美しい経営、それこそが真善美だと思うし、私が目指すものです。

その意味で、サロンは私や会社にとっては身近な人たちやお客様との関わり合いを生む場所であり、人と人を有機的につないでくれる場所なんです。会社のイベントだけでなくアーティストの発表の場に使ってもらったり、アーティストと人を混ぜるようなイベントをしたりしながら、共感してくれる人たちと一緒に過ごせる場所にしていきたいですね。

物事の多面性に気づかせてくれるアートの力

–オフィスにアートを飾る意味、効果についてどのようにお考えでしょうか?

笹川さん アートがあると、確実にその空間は変わります。アートには空気を変える力があるんです。インテリジェントオフィスのような無機質な場所に行くと、人が長い時間そこで過ごすための“アナログの雑味”として「もっとアートを飾ればいいのになあ…」と思ってしまいます。

ただ、アートに効果・効能を求めてしまうのはちょっと違うのかなとは感じているんです。だって、アートって機能は持たないんですよ。アーティストが作った陶芸作品があったとして、その作品には実用品としての機能は全く求められないんです。用を足さなければ足さないほどアートになっていって、ものすごい価値を生み出すことがある。

だからこそ、作り手の思いや、遊び、余裕、間合いのようなものというか、「肩の力を抜こうよ」「思考にもう少し遊びを持とうよ」と感じさせるという意味で、前提自体を変えてしまうのがアート作品の良さであり、存在意義なのかもしれませんね。

物事は多面的で多様性があり、見る角度によって全然違って見えることを、アートによって気づかされるんです。機能がないからと切り捨てるのではなく、物事には多様性があるということを理解するためにアートに触れてみるのも、それはそれで面白いと思いますよ。

文  志村 江/写真  吉田 和生 

Related

Page Top