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『建国300年 ヨーロッパの宝石箱リヒテンシュタイン 侯爵家の至宝展』に学ぶアートと権力の関係

展示風景

美術ブロガーの明菜です。ART HOURSでは、「ビジネスパーソンが美術展から何を学べるのか」をテーマに、オフィスから飛び出してアートから学ぶお手伝いをさせていただきます。

さて、今回はBunkamura ザ・ミュージアムにて2019年12月23日まで開催されている『建国300年 ヨーロッパの宝石箱リヒテンシュタイン 侯爵家の至宝展』についてお伝えします。

侯爵家のきらびやかな絵画や磁器のコレクションは、眺めるだけで幸せになるでしょう。しかし幸福感に浸るだけではもったいないので、『権力』や『富』といった視点からも読み解いていくのはいかがでしょうか?

リヒテンシュタイン侯国とは?

ぺーテル・パウル・ルーベンスと工房《ペルセウスとアンドロメダ》1622年以降、所蔵:リヒテンシュタイン侯爵家コレクション、ファドゥーツ/ウィーン © LIECHTENSTEIN. The Princely Collections, Vaduz-Vienn

世界で唯一、家名が国名になっているリヒテンシュタイン侯国。スイスとオーストリアに挟まれた小国ですが、世界でも屈指の規模を誇る美術品コレクションを有しています。侯爵家は領地経営に成功し、皇帝に貸し付けるほどの富を築きました。ルーベンス、ヤン・ブリューゲル(父)、クラーナハ(父)と著名な画家の絵画も多数所蔵しています。

2019年に建国300年を迎えたリヒテンシュタイン侯国。現在は国民の平均年収が1000万円を超える世界で最も裕福な国の1つとなっています。高い印刷技術による切手、タックス・ヘイブンとして企業を誘致していることでも知られています。

権力者はなぜ美術品を集めるのか?

展示風景

西洋では、財力のある権力者が優れた美術品を集めてきました。リヒテンシュタイン侯爵家もその一例で、領地経営などによって築いた富の一部を美術品収集に割いてきました。

そもそも、なぜ権力者は美術品を集めるのでしょうか?美術館を建設して財力を見せびらかすため、かと思いきや、実は全く異なる動機があったのです。見せることより『集めること』にフォーカスして、美術品収集の歴史は始まりました。

王侯貴族による美術品収集が盛んになったのは、16世紀のルネサンス期の頃です。例えば、熱心なコレクターとして歴史的にも知られる神聖ローマ皇帝ルドルフ2世は、世界中の芸術品や骨董品を集めて『美術品陳列室(クンストカンマー)』を作ったほど。他人に見せることより、ルドルフ2世自身が楽しみ、収集欲を満たすためのコレクションでした。

王侯貴族の私的なコレクションが解放されたのは、18世紀のフランス革命を始めとする市民革命です。王侯貴族と市民の力関係が逆転し、市民に開かれた美術館が開館する運びとなりました。つまり、権力者のコレクションはもともと「自分たちの楽しみのため」で、見せびらかすためではありませんでした。

ウィーンの都市宮殿内部 © LIECHTENSTEIN. The Princely Collections, Vaduz-Vienna

この傾向は、リヒテンシュタイン侯爵家においても同様と考えられます。ルドルフ2世に仕えたカール1世の頃から、侯爵家は本格的に美術品収集を始めました。ウィーンの一般市民にギャラリーが公開されたのは1810年のことで、それまで市民が侯爵家のコレクションを見ることはありませんでした。

「美術品収集」という言葉には高貴なイメージがありますが、有り余る富を手にした者たちの「物欲・収集欲」が少なからず動機となっていることは興味深いです。アートのみならず「手に入れたい」と思う気持ちが人を動かす1つのトリガーとなるのは現代でも同じですし、巨万の富が動くきっかけとなるのです。

さらに、コレクションの公開は所有する者の「力」を明確に表してきました。敬意や尊敬を集めたのは富や財力そのものではなく、コレクターの教養や文化程度の高さに基づく良質なコレクションです。本展でもリヒテンシュタイン侯爵家が代々築いてきたコレクションの多様さや網羅性から、その知的活動をうかがい知ることができるでしょう。

現代においても富が集まる場所には美術館が建設される事例が多く、各所で自慢のコレクションが公開されています。例えば、2020年末、香港にオープンする予定の世界最大規模の視覚文化美術館「M+」も、その一例と考えられるでしょう。

アートを所有する美術館は、作家や作品の価値に対して大きな影響力を持ちます。富の集まるところに美術品が集まり、価値基準が形成されていく様子は、16世紀頃から現代まで変わらないという見方もできます。人類が持つ普遍的な物欲や名誉欲を考察することができるのではないでしょうか。

日本の有田焼や中国の磁器もコレクション

展示風景

本展では、日本や中国の磁器も豊富に展示されています。これらは15〜17世紀の大航海時代に、アジアからヨーロッパへ渡ったものです。

大航海時代、ヨーロッパに多く流入したのは、中国の磁器でした。ところが17世紀になると中国の明朝が終わり清朝が興り、国内の混乱のため磁器の輸出が中断してしまいます。

同じ頃にちょうど有田で磁器の生産が始まったこともあり、有田焼は中国の磁器に代わって多く輸出されました。東インド会社を通じて有田焼はヨーロッパへと大量に運ばれます。リヒテンシュタイン侯爵家も有田焼のコレクションを多数収蔵しています。

日本や中国の磁器は、ヨーロッパの磁器にも影響を与えました。ウィーン窯やマイセン窯の作品にも、東洋らしいデザインが施されています。

展示風景

特に面白いのが、東洋の磁器にヨーロッパで金具をつけた作品。中国の壺に金属装飾を施し、キャンドルスタンドに用途を変えてしまっているのです。西洋と東洋のコラボレーションとして見ることができる一方、東洋文化の物を合理的に改造する気風にヨーロッパらしさを感じることもできます。

日本で金を使った技術といえば、割れた磁器などを直す「金継ぎ」が思い浮かびます。金継ぎとは、割れた部分に接着と最小限の金の装飾を施すことで元の形に近く戻す技術です。大げさかもしれませんが、東洋の磁器を自分たちの使い勝手の良いように金属装飾で改造した西洋の考え方と、元の形を活かす金継ぎの考え方の違いから、ヨーロッパ人の自己主張や日本人の協調性といった差異をも読み取れるのではないでしょうか。

【まとめ】『建国300年 ヨーロッパの宝石箱リヒテンシュタイン 侯爵家の至宝展』をビジネスパーソンらしく味わう

フェルディナント・ゲオルク・ヴァルトミュラー 《磁器の花瓶の花、燭台、銀器》1839年、所蔵:リヒテンシュタイン 侯爵家コレクション、ファドゥーツ/ウィーン © LIECHTENSTEIN. The Princely Collections, Vaduz-Vienna

展覧会を読み解くヒントとして、リヒテンシュタイン侯国や美術館の歴史についてお伝えしてきました。3つのポイントをまとめておきましょう。

①リヒテンシュタイン侯国は領地経営などによって富を築いた
②「手に入れたい欲」が美術品コレクションを築いてきた歴史がある
③磁器から見る西洋と東洋の気風の違い

本展には、ルーベンスやヤン・ブリューゲル(父)など巨匠たちの名画も展示されています。作品を堪能しつつ、収集した侯爵家の人物たちの狙いや欲望にも思いを馳せてみましょう。現代人にも脈々と受け継がれる人間の「物欲スイッチ」を探ってみてはいかがでしょうか。

展覧会情報

建国300年 ヨーロッパの宝石箱リヒテンシュタイン 侯爵家の至宝展
開催期間:2019/10/12(土)~12/23(月) *11/12(火)、12/3(火)のみ休館
開館時間:10:00-18:00(入館は17:30まで)、毎週金・土曜日は21:00まで(入館は20:30まで)
会場:Bunkamura ザ・ミュージアム
展覧会ホームページ:
https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/19_liechtenstein/

文 美術ブロガー 明菜

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