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巨額が動く香港 西九龍文化区
近現代アート美術館「M+」がアジアのアートを変える!?

2019.06.20

香港がイギリスから中国に返還されて20年以上が経ちました。いまや香港はアジアの金融の中心地として、また中国経済の入り口としてますます存在感が高まっています。高層オフィスビルが立ち並ぶ光景が有名な香港ですが、アジアのアートの中心地としても開発に巨額が投じられているのをご存知でしょうか。

“2046”は文化の分岐点になるか

『恋する惑星』でも知られる香港映画界の巨匠ウォン・カーウァイ監督は、木村拓哉さんを中心に当時のアジアのスーパースターを集めて『2046』(2004年公開)というSFラブストーリーを作りました。実はこの“2046”という数字は香港の方々にとって特別な意味があるのです。

1842年アヘン戦争の南京条約によって「香港島」が、続いて1860年の北京条約には「九龍半島」の南端が清朝からイギリスに割譲され、1898年には展拓香港界址専条によって「新界」を含めた3地域を99年間にわたってイギリスが租借することになりました。

それから99年が経った1997年、約束どおり香港一帯が中華人民共和国に返還されることになります。中国政府は香港の方々の混乱と不安を避けるため、将来50年間にわたってこの地で社会主義政策を実施しないことを約束したのです。その一国二制度の最後の年が“2046”年であり、2047年からは中国の制度が適用されることになります。

99年間の租借や50年間の特別区扱いといった期間のとり方に悠久の時間を感じますが、それでも月日は淡々と流れ、あの香港返還から既に20年以上が過ぎています。返還当時、中国は世界のビジネスの中でそれほどの存在感を持ちませんでしたが、いまや世界第二位の経済大国です。

今後30年以内に中国と政策も同一化される香港ではいま、古い歴史的建造物がアートビルに改築され、巨大な芸術施設が次々と建設されています。

巨額が注ぎ込まれる西九龍アートプロジェクト

西九龍地区を芸術エリアへと開発する西九文化区(West Kowloon Cultural District Authority)( https://www.westkowloon.hk/en )が2008年に設立され、数千億円規模の資金がこのエリアの整地と芸術施設の建設に注ぎ込まれています。

この芸術地区の入り口には舞台芸術劇場「Xiqu Centre(戯曲中心)」が2019年1月20日にオープンしました。

このひときわ目を引く建物のデザイン設計を担当したのは、カナダのビン・トム・アーキテクツ(現Revery Architecture)と香港のロナルド・ルー&パートナーズによるジョイントベンチャーで、中国伝統舞踊などが観劇できるオペラハウスとなっています。建物の中にある茶館劇場(Tea House Theatre)ではお茶と飲茶を味わいながら、5,000円ほどで古典演劇などを楽しむことができます。

建物の中の広い空間に社殿があるのも特徴で、その社殿ではおみやげ物などが販売されていました。

施設内にあるMoon Lok Chinese Restaurantは古い陶磁器をイメージして緑色の食器に統一した飲茶のお店で、観劇、食事ともに楽しめる一流芸術区にふさわしい施設といえます。

2013年に建設着工されて2019年にオープンしたXiqu Centreですが、これはまだ西九龍の芸術区の入り口にすぎません。

一歩外に出ると、巨大な芸術特区の完成を目指して大規模な工事が延々と続けられています。

世界最大規模の視覚文化美術館「M+」がアジアのアートの潮流を変える

西九龍プロジェクトの最大の目玉は、2020年末にオープンする予定の視覚文化美術館M+です。テニスコート340個分といわれる6万5千㎡の敷地に、高さ90メートル18階建て、展示室が33コーナーもある巨大な現代アート美術館を建設中です。

2棟のビルの片側が倉庫となり、もう片側が展示用の施設となります。世界の現代アートの最高峰といわれるニューヨーク近代美術館が6階建てであることを考えると、その巨大さとポテンシャルをうかがい知ることができます。

巨大なビルの壁面には7,600㎡のLEDが設置されるということで、香港の新たな夜景のシンボルとしても期待されます。

なぜ今、香港に巨大な現代アート美術館が必要なのでしょうか。

「東京画廊+BTAP」の山本豊津氏は経済学者水野和夫氏との共著『コレクションと資本主義 「美術と蒐集」を知れば経済の核心がわかる』の中で、ミュージアムについて以下のように語っています。

“所有する側はつねに、所有される側の上に立ちます。大英博物館が膨大なコレクションを無料で公開しているのは、決して気前がよいからではありません。コレクションを公開することで自分たちの力を誇示し、ヒエラルキーの上位にいることを世界中の人に知らしめたいという意図と戦略があるのです。

私たちが「美術館」「博物館」「動物園」「植物園」とそれぞれ個別に名前を当てて、教養や娯楽の殿堂のように考えている施設があります。しかし、それらが誕生した西欧では、その根本思想に「蒐集」があり、その行為の現れがそれらの施設なのです。それは言い換えるなら、帝国主義的な世界支配の意図と行為の結果といえるでしょう。(『コレクションと資本主義 「美術と蒐集」を知れば経済の核心がわかる』角川新書)“

もちろん現代の美術館、博物館は、その地における文化醸成や観光誘致などが主な存在意義とされていると思います。一方で、美術館や博物館といったアートを所有する側が権威をもちアート作品やアーティストの価値を定める力を持っているのも確かです。

美術館は作品を永続的に保管し、その価値を公表する役割を担っています。その美術館に所蔵されることは、アーティストにとっての名誉であり、かつ最も商業的価値が高まることでもあります。

香港「M+」が完成し、その広大な施設を埋める現代アート作品を世界中から買い集める時、彼らの価値基準がアーティストやギャラリストに影響を与えないとは限りません。

一般公開されたアートオフィス“M+パビリオン”

大規模工事中の「M+」の側道を奥に進むと、オフィスでありコンセプトを紹介するM+パビリオンが無料で公開されています。

訪問時はアート・バーゼル香港が開催されている2019年3月末でアート・バーゼルの会場からVIPを乗せたシャトル便も行き来していました。

もちろんアート・バーゼル内でも「M+」はブースを出展し、アート・バーゼルを訪れた生粋のアート好きや富裕層にも、存在感をアピールしていました。

M+パビリオンは入場無料でありながら、定期的にテーマを変えて展示品を公開しています。訪問した時は、日系アメリカ人で故人のイサム・ノグチ氏とベトナム系デンマーク人で現代を生きるDanh Vo(ヤン・ヴォー)氏という二人の彫刻家をコラボレーションさせた展示で賑わっていました。

また、M+パビリオンの二階テラスに出ると、そこからは整備されつつある周辺の遊歩道とその先に香港の摩天楼が見渡せます。

アートがちりばめられた緑地公園もでき上がりつつあり、散歩するだけでも楽しいエリアとなっています。

さらに、その右手にはFREESPACEという大きなボックス型の建物がみえます。Xiqu Centreが古典舞踊を観劇できる施設であるのに対し、FREESPACEは現代パフォーマンスを観劇できる施設となっており総合的文化エリアが出来上がりつつあるのを感じさせます。

香港がやがて中国アートを取り戻す!?

山本豊津氏は先ほどの著書「コレクションと資本主義 『美術と蒐集』を知れば経済の核心がわかる』の中で中国文化に言及しています。

“中国大陸には歴史の断絶があり、文化財の破壊や散逸が繰り返されたため、大陸には副葬品以外の美術品はほとんど残っていませんし、清朝の乾隆帝が蒐集した北京の故宮の膨大な美術品は台北にあります。(「コレクションと資本主義 『美術と蒐集』を知れば経済の核心がわかる』角川新書)”

アート・バーゼルが発行する『The Art Market Report 2019』によれば、2018年の世界のアートマーケット7.4兆円($67.4B)のうちアメリカ・イギリス・中国だけで84%のシェアを占め、中国は1.4兆円($12.9B)の世界第3位のマーケットとされています。

中国がGDPで日本を抜き、世界第2位の経済大国となって久しいですが、美術品のマーケットとしても世界第2位の座をイギリスと争うほど巨大なマーケットとなりました。その資金をもって中国出身の現代アーティストを買い育てています。

一方で、中国は自国で失われた古美術を取り戻すために躍起になっているとの報道もあります。例えば、2017年3月に大阪市の藤田美術館が中国美術の名品31点をクリスティーズのオークションに出品したところ、当初の落札予想額50億円に対して約300億円もの落札額を記録したということです。(文春オンライン[藤田美術館の歴史的『300億円落札」は、なぜ日本で話題にならなかったのか』

先ほど述べた通り、西九龍地区では古典舞踊を観劇できるXiqu Centre、現代パフォーマンスを楽しめるFREESPACEが完成し、現代アートを展示する巨大な美術館「M+」を建設中です。

さらに、その「M+」のすぐ隣では、香港故宮文化博物館の建設にも着手しています。

中国は文化大革命などで自国の文化資産の多くを失ってしまいました。現代に生きるアーティストの作品をどれだけ買い集めても、歴史的な時間軸を持った展示にはなりません。国宝級の文化遺産は台湾の故宮博物院に集積されており、また、日本を含め世界各地に散らばっています。

香港故宮文化博物館はどのように歴史的な展示品を集めるのでしょうか。

シンギュラリティの先の香港とは

この西九龍地区の入り口にあるXiqu Centreのすぐ裏には香港と深センをたった15分で結ぶ高速鉄道が2018年に開通しています。深センはもとより、遠くは上海、北京まで香港が一本の電車でつながったということになります。香港西九龍駅には香港側と中国側のイミグレーションも用意されています。

その駅の隣には超高層のザ・リッツ・カールトン・香港やThe Arch(凱旋門)と名付けられたレジデンス施設を中心に高級ショッピングモールとの複合施設が出来上がっています。レジデンスは中国本土の富裕層が好んで居住し、もはや香港のちょっとした富裕層では手が届かない価格になっているそうです。

2045年は人工知能がシンギュラリティ(技術的特異点)を迎えて全人類の知能を超えるとされています。AIによって人類が多くの雑務から解放されたとき、人間にとってアートがもつ意味がますます大きくなるといわれています。その翌年、香港は中国の一国二制度の最後の年を迎えることになります。

文・写真 J.N by ArtScouter

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