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アートは「イノベーションのドライバー」になれる
行動するコレクター 長谷川ご夫妻

株式会社「E&K Associates」 代表 長谷川一英さん・恵美子さん

「E&K Associates」代表   長谷川 一英さん
製薬会社で創薬研究や経営企画、企業広報などを担当。結婚を機に夫婦共通の趣味として現代アートのコレクションを始め、映像上映会も主宰する。退社後の2018年より若手アーティストのグローバル展開を支援する「E&K Associates」代表を務める。アート思考によって産業界のイノベーションを創出するプラットフォームの構築に取り組む。

「E&K Associates」代表   長谷川 恵美子さん
外資系化学企業でマーケティングや広報担当を経て退職後の2016年、「E&K Associates」を設立し代表に。2018年に京都で現代アート講座を開催したのを契機に8カ月間、府職員として文化事業に携わる。一般の人がアーティストと直接交流できる機会を増やして現代アートの普及に努め、アート市場の活性化にも貢献することを目指している。


直島への旅でアートの面白さに目覚めた

-長谷川一英さん・恵美子さんご夫妻はアートコレクターであると同時に、才能ある若手アーティストを支援し、アート市場の活性化も目指す株式会社「E&K Associates」を運営していらっしゃいます。そもそも現代アートに興味を持たれたきっかけを教えてください。

恵美子氏 子供の時から美術は好きで美術館によく行っていましたが、親しんでいたのは古典や近代の作品でした。本格的に現代アートに出合ったのは2009年です。瀬戸内海の直島へ2人で旅行に出かけ、その時にベネッセハウスミュージアムで学芸員の方の説明を聞きながら作品を鑑賞する経験をしました。

そこで初めて「アートの見方」を学んだといいますか。作家が何を考え、それをどう作品で具現化したか、きちんと説明していただいて、現代アートの面白さに目覚めました。彼も同じように感銘を受けて、共通の趣味としてアートを見て歩くようになりました。

-その後、すぐに作品を収集するようになったのですか。

恵美子氏 現代アートの展覧会に行くようになり、2011年に東京の原美術館のグループ展で佐伯洋江さん(注1)のドローイングと出合いました。素敵な作品だと思っていたらその後、別の場所で佐伯さんの作品に再会して、それには価格が付いていたのです。「アートは買える!」とその時に初めて気がつきました(笑)。

一英氏 いきなり彼女が「この絵を買いたい」と言い出して。最初は「何を言っているのだろう?」と思いましたね(笑)。

(注1)1978年生まれ。2004年、ギャラリーで初個展。繊細自在な描線によって驚異的な密度で描きこんだ絵画作品で知られる。

-それが第1号となり、コレクションを始められたわけですね。購入作品はどのように決めますか。

一英氏 週末は大体、2人でギャラリーを回ります。意見が違うこともありますが、最終的に双方が納得してから買うことにしています。

恵美子氏 ギャラリーのオープニングに出かけると、作家と直接お話する機会が結構あります。制作した意図などお話をうかがううちに心が動かされて、それが購入の決め手になることがありますね。

一英氏 僕たちが考えもしない話を聞くと「すごい」と思うし、刺激を受けます。

課題提起するアートは「気づき」を与えてくれる

-作品だけでなく、作家の思いや思考に関心があるのですね。今までに何点くらい収集されましたか。

一英氏 小品を含め大体100点ほど。比較的多いのは絵画でしょうか。作品の管理について倉庫を借り多くは預けています。本当はもっと自宅に飾りたいのですが、あまりスペースがなくて、新たに購入したタイミングで作品を入れ替えています。作品の情報や画像はEvernoteというメモアプリで管理しています。

恵美子氏 ジャンルにはこだわっていません。絵画であれ、立体であれ、映像であれ、作家の思いや思考が投影された作品を選ぶようにしています。絵画もただ綺麗なペインティングではなく、今の時代だからこそできる表現に惹かれます。とてつもなく長い絵画の歴史の中で、なお新たな表現をつくりだそうとする姿勢に共感を覚えます。

一英氏 最近注目している作家は、横山奈美さん(注2)。

恵美子氏 少し前の横山さんの作品にトイレットぺーパーの芯をリアルに描いた巨大な絵画があります。作家のパーソナリティーが伝わってくるようで、まるで肖像画みたいな不思議な魅力を感じました。

(注2)1986年生まれ。日々の生活の中で消耗されたり、廃棄されたりするものをモチーフにした具象絵画を制作している。

-今の時代だからできる表現にこだわっていらっしゃるのですね。他に収集方針はありますか。

一英氏 自分たちが考えもしない見方で社会を捉えて課題提起していたり、気づきを与えてくれたりする作品が好きですね。

恵美子氏 アーティストは社会から離れた立ち位置で活動している方が多いので、組織に属している人間が見えていない部分を提示してくれることが多い気がします。世界を俯瞰するような、大きな視点を持っている作家に特に関心があります。

-「手に入れて   良かった」と一番思われる作品はどれですか。

恵美子氏 ほとんどすべてです(笑)。購入によって作家さんをはじめ、ギャラリーや他のコレクターなど、さまざまなつながりが生まれるのも楽しいですね。

一英氏 僕は強いて言えば写真家・石川直樹さん(注3)の3点かな。1点は2011年、石川さんがエベレストの山頂からその山影を写したもので、2点目は2014年に隣のローツェ山に登り、エベレストを撮影した作品です。最後の作品はその後、別の山からエベレストとローツェを並べて捉えています。エベレストをめぐる石川さんの軌跡を表現した3枚とも言えます。

(注7)1977年生まれ。人類学や民俗学に関心を持ち、辺境から都市まで世界中を旅して写真作品を発表し続けている。土門拳賞、開高健ノンフィクション賞を受賞。

-アートが共通の趣味だと会話が弾みますね。

恵美子氏 現代アートが夫婦の〝かすがい〟のようなものです(笑)。

若手支援を通じて業界を盛り上げたい

-2016年には「E&K Associates」を設立されました

恵美子氏 アート熱が高じて会社をやめ、才能がある若手作家を応援してアート業界を盛り上げたいと考えて立ち上げました。最初に取り組んだのは岩崎貴宏さん(注8)が2017年のベネチア・ビエンナーレ日本館代表作家に選出された際の応援プロジェクトです。

ピンブローチやピアスを販売し、収益を現地でのオープニングパーティーの費用に充ててもらいました。ベネチア・ビエンナーレは世界中のアート関係者が集まる社交の場でもあり、いかに自国のアーティストをアピールするかに各国がしのぎを削ります。

でも日本はサポートが薄く、出品作家らが手弁当でパーティーを開いていると聞いていました。岩崎さんは非常に将来性がある作家さんなので、ぜひ応援したいと思いました。

-他にどのような活動をされていますか。

一英氏 「Aoyama Unlimited」と題した映像作品の上映会を開催しています。以前はコレクター同士で作品を持ち寄り、プライベート鑑賞会を開いていたのですが、2017年から青山の会場を借りてアーティストを招き、パブリックな形で行うようになりました。美術館やギャラリーだと映像作品を最初から最後まで見るのは結構大変です。

「Aoyama Unlimited」は座って鑑賞でき、アーティストから制作に関する話が伺えて、参加者同士で感想も話し合えると好評で、これまでに6回開催しました。第1回はミヤギフトシさん(注4)、次に田村友一郎さん(注5)、直近では志村信裕さん(注6)の作品を上映しました。

恵美子氏 上映作品の一場面をスチールプリントにして手ごろな価格で販売し、売上を作家に還元する仕組みも考えました。私が一時京都府職員になっていた期間は休眠していましたが、そちらの仕事が終わったので、また新たな形で再開するつもりです。

今後予定しているプロジェクトとして、映像作品を中心とした展覧会を計画中です。まだ詳細はお伝えできないのですが。

(注4) 1981年生まれ。故郷の沖縄の記憶や自身のアイデンティティーと向き合った映像、写真作品を制作。小説家として文芸誌に作品も発表している。
(注5) 1977年生まれ。既存のイメージや出来事に対する省察を起点に、現実と虚構が交錯するインスタレーションなどを手掛ける。
(注6) 1982年生まれ。ヒトと動物の関係をリサーチし、人間の歴史や生活文化をあぶりだす映像作品を発表している。

スタートアップとアートには共通点がある

-最近、ビジネスとアートの関係が注目されています。お二人ともビジネスの第一線で活動してこられましたが、どうご覧になりますか。

一英氏 アートとビジネスをつなぐ動きが起きているのは良いことだと思います。日本のビジネス層は現代アートに馴染みがない人が大半なので、僕が最初に感じた「驚き」や「気づき」を経験し、魅力に開眼する人が増えるのはうれしいことです。

一方で単なるブームになっている感もあるので、一過性の流行に終わらないように、アートとビジネスをつなぐ流れが継続する手立てを考える必要があります。

-どうすれば可能になりますか。

一英氏 企業の成長にアートが貢献できると示せれば、企業側も支援や投資に本腰を入れるようになると思います。従来のようにCSR(企業の社会貢献活動)としての支援だけでは、業績が悪化すれば打ち切りや縮小の恐れがある。

でも、企業のイノベーションのドライバー(駆動力)になると認識されたら、つながりは続くのではないでしょうか。ブランディングやプロモーションの面で作家に貢献してもらう方法もありますね。もっともそれはなかなか難しいと僕は思っています。

なぜかというと、例えば企業がアーティストにクライアントワーク(注文制作)を依頼したとします。でも、アーティストの意図や表現が企業側の狙いとかみ合うとは限りません。

例えば企業は単に「カッコいい作品」を求め、アーティストは社会的課題を提起する作品を制作するといったギャップも起きえるわけです。クライアントの期待に応えるデザイナーと自由に創作するアーティストは本質的に違います。企業はなぜアーティストに依頼をするのかをよく考え、作家と十分に話し合う必要があります。

-文化庁のシンポジウム(注7)に登壇された時、スタートアップ企業の創業者は芸術系の教育を受けた人が多いと述べられました。

(注7) 「企業の文化投資は経済界・文化界に何をもたらすのか」をテーマに文化庁が2020年2月に主催したシンポジウム。

一英氏 ある米国のリポートによると、ユニコーン(企業価値が10億ドル超の未上場企業)約160社の21パーセントで芸術系教育を受けた人が共同創業者になっています。

有名企業ですと、エアビーアンドビーやユーチューブの創業者のうちの一人が、アート系学部を卒業していますね。スタートアップとアートは非常に考え方が近いと思うのです。どちらもゼロから一を生み出す創造力と、これを創ると決めたらやり遂げる突破力が必要です。

2000年代にはバイオベンチャー企業が脚光を浴びましたが、この時はテクノロジーが主役でした。最近のスタートアップは技術的に新しくはないけれど、視点を変える「意味のイノベーション」によって新ビジネスを創出するケースが増えています。そこにアーティスト的な発想を生かせるのではないかと思います。

恵美子氏 違う点と点をつなげることによって新しい価値を生み出すのがアーティストですから。

-アート作品を買ってみたいと考えている経営者にアドバイスをいただけますか。

一英氏 作品を買う前にまず、アーティストの話にじっくり耳を傾けてほしい。企業人とは異なる見方や視点に「気づき」を与えられ、それが新しいプロジェクトや事業に結び付けば、ぜひ作品を手元に置きたいという流れに自然となるのではないでしょうか。

個人としてもそうした企業とアーティストを結ぶ仕事に取り組んでいきたいと考えています。

文  永田 晶子 / 写真  安藤 毅

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