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『ハプスブルク展 600年にわたる帝国コレクションの歴史』に学ぶコレクションとリーダーシップ

展示風景

美術ブロガーの明菜です。ART HOURSでは、「ビジネスパーソンが美術展から何を学べるのか」をテーマに、オフィスから飛び出してアートから学ぶお手伝いをさせていただきます。

さて、今回は『ハプスブルク展 600年にわたる帝国コレクションの歴史』を紹介しましょう。本展は国立西洋美術館で2020年1月26日まで開催されています。ハプスブルク家はオーストリアを統治した名門で、政治だけでなく美術品収集にも力を入れてきました。ヨーロッパ全体に影響力を誇ったハプスブルク家の面々からは、ビジネスの視点でも学べることが多いでしょう。

この記事では本展を読み解くのに役立つ、ハプスブルク家の美術品収集や血族結婚といった知られざる歴史について解説します。コレクション形成や意味づけの工夫について理解を深め、歴史からリーダーシップを学ぶきっかけにしていただければと思います。

ハプスブルク家とは?

展示風景

ハプスブルク家はオーストリアとその周辺を650年にわたって支配してきた一族です。一族が栄えたのは16世紀前半~19世紀前半で、オーストリアだけでなくスペインにも支配を広げ、ヨーロッパ全体の歴史にハプスブルク家が絡んでいたと言っても良いほどでした。

ハプスブルク家はその富とネットワークを活かし、美術品などの収集にも力を入れてきました。中でも重要なのが、神聖ローマ皇帝ルドルフ2世です。ヨーロッパ史においても稀代のコレクターとして知られるルドルフ2世について、詳しく見ていきましょう。

政治に無関心な皇帝の一大コレクション

ヨーゼフ・ハインツ(父)《神聖ローマ皇帝ルドルフ2世の肖像》1592年頃 ウィーン美術史美術館 Kunsthistorisches Museum Wien

ルドルフ2世(1552~1612年)は、芸術作品の収集に熱心に取り組んだ人物です。彼のコレクションは当時最大級の規模を誇り、美術品の他に儀式用の甲冑や書物などもコレクションしていました。画家ではデューラー、アルチンボルドなどを好み、現在ウィーン美術史美術館に収蔵されているコレクションの中でも重要なポジションを担っています。

美術品などの収集に夢中になる一方で、政治には興味が無かったそうです。政治能力に欠けていたルドルフ2世は失政を重ね、最期には城に監禁されて亡くなりました。「神聖ローマ皇帝」としての資質は無かったことがうかがえるエピソードです。

それでも、ルドルフ2世が美術品収集の功績によって歴史に名を残している点は、非常に興味深くはありませんか?死後にコレクションの散逸はありましたが、ハプスブルク家に美術品収集の文化を根付かせたのはルドルフ2世と言って良いでしょう。今では世界中で行われている美術品収集やコレクションの文脈づくりおける、パイオニアと言っても過言ではないでしょう。皇帝としての資質は無かったと言われていますが、彼が皇帝に君臨していなければ現代の美術館や展覧会のあり方も異なっていた可能性があるのではないでしょうか。

ハプスブルク家の『女帝』マリア・テレジア

マルティン・ファン・メイテンス(子)《皇妃マリア・テレジアの肖像》1745-50年頃 ウィーン美術史美術館 Kunsthistorisches Museum Wien

ルドルフ2世は政治能力では評価されませんでしたが、対極とも言えるのがオーストリア大公マリア・テレジアではないでしょうか。事実上の「女帝」として、18世紀のオーストリアを統治した人物です。

彼女は文化の側面でも重要な功績を残しています。新たな目録づくりへの着手や、展示スペース不足解消のための帝室画廊の移動を行いました。その頃、美術品を収集するだけでなく、時代順に陳列したり、一般大衆にコレクションを公開したりするなど、今日の美術館展示に直接つながる変革も起こりました。

このようなエピソードから現代の私たちが学ぶとすれば、分かりやすい文脈での美術品の公開によって、間接的に一般大衆に一族の歴史や尊厳を説こうとした、という考察ではないでしょうか。現代でも同様で、意味のある優れたコレクションを形成する者は、世界から尊敬を集めることができます。現代の美術館やアートコレクターが持つ発想の起源を、マリア・テレジアなどハプスブルク家の面々にも見ることができるでしょう。

マリア・テレジアを始めとするハプスブルク家の人々は、政治のみならず文化でも国を率いるリーダーだったと言えます。現代のビジネスパーソンも、ハプスブルク家のコレクションと秩序付けからリーダーシップについて多くを学び取ることができるのではないでしょうか。

ベラスケスが肖像画を手掛けた王女の運命

ディエゴ・ベラスケス《青いドレスの王女マルガリータ・テレサ》1659年 ウィーン美術史美術館 Kunsthistorisches Museum Wien

ハプスブルク家はオーストリアだけでなくスペインも統治しており、『スペイン・ハプスブルク家』と区別されています。ディエゴ・ベラスケスが宮廷画家として仕えたのも、スペイン・ハプスブルク家です。本展で見られるマルガリータ王女の肖像画は、ベラスケスの代表作としても有名です。愛らしい少女の肖像画ですが、成長して大人になってからの肖像画があまり知られていないことに、違和感を覚えませんか?

その秘密は、ハプスブルク家の血族結婚にあります。17世紀当時の王族は血統を重んじていたため、オーストリアから君臨した王はスペインの宗教が異なる人や家柄が釣り合わない人との結婚ができず、一族内での結婚を繰り返しました。その結果、生まれた子供が遺伝子系の疾患により早世するなど、スペイン・ハプスブルク家は世継ぎに恵まれない状況でした。

マルガリータ王女も同様で、スペイン王フェリペ2世とその姪マリアナ・デ・アウストリアとの間に生まれ、15歳のときに叔父である神聖ローマ皇帝レオポルト1世に嫁ぎます。彼女は4人の子供を産みますが、近親婚のためか体が弱く、6人目の子を産んだ直後に亡くなります。21歳のことでした。

ハプスブルク家は政略結婚によって影響力を広げていきましたが、その一方で血統に縛られたことも衰退の1つの要因となっています。マルガリータ王女もその歴史に揉まれた人物で、ハプスブルク家の運命を象徴する王女と言えるでしょう。

【まとめ】『ハプスブルク展 600年にわたる帝国コレクションの歴史』をビジネスパーソンらしく味わう

マリー・ルイーズ・エリザベト・ヴィジェ=ルブラン《フランス王妃マリー・アントワネットの肖像》1778年 ウィーン美術史美術館

展覧会を読み解くヒントとして、ハプスブルク家の人々についてお伝えしてきました。4つのポイントをまとめておきましょう。

①ハプスブルク家はオーストリアを中心に、ヨーロッパ全体に影響力を持った一族
②政治には無関心な神聖ローマ皇帝ルドルフ2世がコレクション形成文化に貢献
③マリア・テレジアの時代に現代の美術館展示につながるコレクションの公開がなされた
④マルガリータ王女の肖像画から知る近親婚

ハプスブルク家の個性豊かな面々の行動は、現代の美術館展示の基礎となっていると考えられます。優れたコレクションの形成と意味づけが一般大衆から尊敬を集めることとなるのは現代でも同様で、実業家のリーダーシップにも同じことが言えます。

マリア・テレジアの項目で触れたように、優れた政治手腕で国民を守ることも、一般大衆に美術品を公開して国民を啓蒙することも、いずれもリーダーの役割です。ビジネスパーソンとしても、数世紀にわたって神聖ローマ皇帝を世襲したハプスブルク家から学べることは多いのではないでしょうか。

展覧会情報

ハプスブルク展 600年にわたる帝国コレクションの歴史
会期:2019年10月19日(土) – 2020年1月26日(日)
会場:国立西洋美術館(東京・上野公園)
開館時間:9:30〜17:30(金・土曜日は20:00まで。11月30日[土]は17:30まで)※入館は閉館の30分前まで
休館日:毎週月曜日(ただし11月4日(月・休)、1月13日(月・祝)は開館)、11月5日(火)、12月28日(土)〜1月1日(水・祝)、1月14日(火)
展覧会公式ホームページ:https://habsburg2019.jp/

文 美術ブロガー 明菜

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