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『DOMANI・明日2020 傷ついた風景の向こうに』に学ぶ美意識

宮永愛子《景色のはじまり》2011-2012年 高橋龍太郎コレクション蔵、作家蔵

美術ブロガーの明菜です。ART HOURSでは、「ビジネスパーソンが美術展から何を学べるのか」をテーマに、オフィスから飛び出してアートから学ぶお手伝いをさせていただきます。

さて、今回は『DOMANI・明日2020 傷ついた風景の向こうに』をご紹介します。本展は国立新美術館で2020年2月16日まで開催されています。国内外で活躍する現代アーティスト作品を鑑賞することができ、参加作家は日高理恵子、宮永愛子、藤岡亜弥、森淳一、石内都、畠山直哉、米田知子、栗林慧・栗林隆、若林奮、佐藤雅晴の11名です。

若林奮《緑の森の一角獣座 カッパー・ペインティング》1996-2003年 WAKABAYASHI STUDIO蔵

本展のテーマは「傷ついた風景の向こうに」です。20世紀以降に日本や世界で勃発した戦争や天災、環境問題による被害について、時を経てうまれた考えや思いを表現した作品が集まっています。

ビジネスパーソンの皆さんは次の3つのポイントを参考に、アーティストの美意識を展覧会から学んでみてはいかがでしょうか。

①2020年は特別版の展覧会
②被災の記憶を捉えたハイレベルな表現
③個人の問いから社会へとつながるアート

DOMANI・明日展とは

DOMANI・明日展は、文化庁が若手芸術家の育成支援として実施する「新進芸術家海外研修制度」の成果発表の機会として、1998年に開始されました。これまで概ね1年に1回開催され、今回で22回目を迎えます。

佐藤雅晴 作品展示風景

2020に開催されるDOMANI・明日展は、国が展開するプログラム「日本博2020」に参画する特別版となっています。海外研修を経験した作家のみならず、国際的に活躍するアーティスト11名が参加する展覧会となりました。

被災から時を経て生まれた表現

2020年のDOMANI・明日展のテーマは、「傷ついた風景の向こうに」です。20世紀以降、世界は戦争や天災などあらゆる困難を経験してきました。時を経て、被害を受けた場所はどうなっているのか、また人は何を頼りに生きて行けば良いのか。国内外で活躍するアーティストの作品が、鑑賞者に問いかけます。

米田知子 作品展示風景

米田知子氏は、サイパン島やノルマンディの海岸など、20世紀の戦争の痕跡となる場所を撮影した写真を展示しています。いずれも今では戦地だったとは思えない光景が広がっています。

米田知子《ビーチ-ノルマンディ上陸作戦の海岸/ソードビーチ・フランス》2002年 IZU PHOTO MUSEUM蔵

例えば、ノルマンディ上陸作戦の海岸は今や海水浴の客で賑わう観光地です。訪れる人々がかつてこの場所で起きた戦争について、思いを馳せることは少ないかもしれません。米田氏の写真から、戦争の記憶が薄れていくことと、平和な世界への希望の両方を受け取ることができます。

畠山直哉 作品展示風景

畠山直哉氏が本展で展示しているのは、東日本大震災で津波の被害を受けた場所の写真です。2018年から撮影されたシリーズで、津波の爪痕は残るものの、1本の木だけが堂々と力強く立っている様子には新たな希望を感じ取ることができます。

畠山氏は陸前高田の出身で、震災によって実家を失い、母親を亡くされました。2011年の震災直後に撮影した陸前高田のシリーズは、2018〜2019年に森美術館で開催された『カタストロフと美術のちから展』でも展示されており、ご覧になったことがある方も多いのではないでしょうか。

畠山直哉 作品展示風景

震災直後に撮られた写真は報道的な印象も強かったのですが、DOMANI・明日2020ではやや異なる印象を受けました。過去の被害と一筋の未来への希望を樹木に語らせており、記録のみならず美的な狙いもある表現だと感じます。震災から時間が経ち、地域も変わり、畠山氏の気持ちにも変化があったのかもしれません。

今回の特別版となるDOMANI・明日展では、国際的に活躍するアーティストによるハイレベルな表現を見ることができます。天災や戦争の記憶を捉えた作品を鑑賞し、現代アートを読み解く目を養っていただけるのではないでしょうか。

個人的な問題意識から社会の関心へ

日高理恵子 作品展示風景

アーティストの制作の動機は、多くの場合、個人的な問題意識に基づいています。アートの面白いところは、展覧会を通じて個人的な問題が社会とつながり、多くの人が共感したり、驚いたりすることではないでしょうか。結果的に、その問題の社会的な重要性に大勢が気付くことになるのです。

例えば石内都氏は、本展で《Scars》シリーズの作品を展示しています。他者の傷痕を撮影したもので、事故や怪我、病気、戦争、自殺未遂といった身体の記録を、写真が持つ記録の性質に重ねています。

石内都 作品展示風景

石内氏は本展の展示以外にも、痛みや傷を扱った作品を多く制作しています。生前には上手くコミュニケーションを取れなかった母親の遺品を撮影した《Mother’s》シリーズや、広島の被爆者たちの遺品を撮影した《ひろしま》シリーズなどがあります。

石内氏の作品の多くは、個人的な痛みが制作の動機となっています。しかし、彼女の展覧会では泣いてしまう女性もいるほどで、「誰か1人の痛み」が「私たちの痛み」となって、他者を巻き込む作品になっているのです。

鑑賞者は、石内氏が撮影した誰かの傷痕を通して、自分や家族の記憶を振り返ったり、戦争のある世界や自傷行為に思いを展開したりします。個人の問題意識から発露した作品が、鑑賞者に影響を与え、そして社会へとつながっていく代表例と考えられます。

こうして見ていくと、現代のビジネスパーソンに求められている問いを立てる力と、アーティストの表現力には共通点が見いだせるのではないでしょうか。社会や経済情勢に不確実性が増す現代では、「正解」が曖昧になってきています。また、市場の成熟が進んだこともあり、かつて重宝されていたデータやロジックも陳腐化しています。他者と差別化でき、かつ世の中にも受け入れられる経営やサービスを生み出すには、個人の美意識や美的感覚に基づいた問いや思いが必要になるのです。

藤岡亜弥《「川はゆく」2020》2013-2019

現代アーティストの問題意識に端を発する作品が、多くの人を惹きつける様子からは、ビジネスにおいても重要な美意識を見て取ることができます。DOMANI・明日2020に参加しているアーティストの作品は、いずれも見る者を惹きつけて止まない魅力を持っているため、ビジネスパーソンにとっても学べることがあるでしょう。

【まとめ】『DOMANI・明日2020 傷ついた風景の向こうに』をビジネスパーソンらしく味わう

展覧会を読み解くヒントとして、アーティストの美意識についてお伝えしてきました。3つのポイントをまとめておきましょう。

①2020年は特別版の展覧会
②被災の記憶を捉えたハイレベルな表現
③個人の問いから社会へとつながるアート

2020年のDOMANI・明日展は特別版で、国内外で活躍する現代アーティストの作品を一度に鑑賞できる貴重な機会です。ビジネスパーソンとして美意識を学ぶとともに、現代アートに親しむきっかけとしていただければ幸いです。

展覧会情報

『DOMANI・明日2020 傷ついた風景の向こうに』
会期:2020年1月11日(土)~ 2月16日(日)32日間開催
休館日:毎週火曜日(2月11日(火・祝)は開館、12日(水)は休館)
開館時間:午前10時~午後6時、毎週金・土曜日は午後8時まで ※入場は閉館の30分前まで
会場:国立新美術館 企画展示室2E
展覧会HP: https://domani-ten.com/

文 美術ブロガー 明菜

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