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『カミーユ・アンロ|蛇を踏む』に学ぶ無から有を作る創造力

《革命家でありながら、花を愛することは可能か》展示風景

美術ブロガーの明菜です。ART HOURSでは、「ビジネスパーソンが美術展から何を学べるのか」をテーマに、オフィスから飛び出してアートから学ぶお手伝いをさせていただきます。

さて、今回は現代アートの展覧会『カミーユ・アンロ|蛇を踏む』を紹介します。本展は東京オペラシティ アートギャラリーで2019年12月15日まで開催されています。刺激的な展覧会タイトルですが、いけばなや映像、インスタレーションで構成された居心地の良い個展でした。

同じ時代を生きるアーティストの個展なので、私たちにたくさんの発見を与えてくれます。まずはアンロ氏について理解し、作品や展覧会から気付きを見つけていきましょう。

カミーユ・アンロとはどんなアーティスト?

《青い狐》展示風景

カミーユ・アンロ氏は、1978年パリに生まれ、現在はニューヨークで活動する芸術家。映像、彫刻、ドローイング、インスタレーションなど、さまざまなメディアを用いた作品を制作しています。

彼女の作品は、文学、神話、宗教、天文学、人類学などをリソースとしており、私たちに固定概念や人類の知を見直すきっかけを与えてくれます。初めてフランス国外で招待されて展覧会を開催したのは日本の原美術館ということもあり、日本にも縁があるアーティストです。

経歴も華やかで、2013年には第55回ヴェネチア・ビエンナーレの銀獅子賞を受賞しています。そのときの映像作品《偉大なる疲労》も本展で見ることができるので、会場に足を運んで国際的に注目を集めるアーティストの表現に触れてみてはいかがでしょうか?

日本の伝統・いけばなの草月流とのコラボレーション

《革命家でありながら、花を愛することは可能か》展示風景

本展で大きな見どころとなるのが、日本のいけばなに触発され、2011年から継続的に制作されてきた《革命家でありながら、花を愛することは可能か》シリーズです。今回はいけばな草月流の本江霞庭氏、中田和子氏の協力もあり、アーティストの美意識と日本の美が一層融合した空間が完成していました。

アンロ氏のいけばなは、書物が基になっています。川上弘美氏『蛇を踏む』だけでなく、『源氏物語』や『指輪物語』など、古今東西の書物からインスピレーションを膨らませたいけばなです。それゆえ『花に翻訳された本の図書館』と喩えられています。

アンロ氏は形のない知識や創造を駆使して、有形のいけばなをつくります。彼女の創作プロセスを自分なりに追いかけることで、インスピレーションを形にする力を鍛えられるのではないでしょうか?

それでは、実際に1つの作品を取り上げて考察を深めてみましょう。『蛇を踏む』を題材にしたいけばなについて掘り下げます。

展覧会タイトル『蛇を踏む』と「いけばな」のアート

《革命家でありながら、花を愛することは可能か》より『蛇を踏む』

会場に足を踏み入れると、最初に対面するのが川上弘美氏の著書『蛇を踏む』をテーマにした「いけばな」です。展覧会名にも採用されている印象的なタイトルです。

作品には、本書の印象的な一文『「踏まれたらおしまいですね」と、そのうちに蛇が言い、それからどろりと溶けて形を失った。」が添えられていました。

『蛇を踏む』は1996年上半期の芥川賞を受賞した作品です。そのストーリーは、このように始まります。

出勤途中、ミドリ公園で主人公のヒワ子は蛇を踏んでしまう。蛇は「踏まれたらおしまいですね」と言い、50歳くらいの女性の姿に変わってヒワ子の家の方向へ去っていく。ヒワ子が仕事から帰ると、知らない女性が食事を作って待っていた。その女は「わたし、ヒワ子ちゃんのお母さんよ」と言う。食事を終えると女は蛇の姿に戻り、天井に住み着いた…

《革命家でありながら、花を愛することは可能か》より『蛇を踏む』

アンロ氏はいけばなで、地を這う蛇を表現しています。ですがその形だけでなく、使われている花材にも意味があるので注目しましょう。いけばな《蛇を踏む》には、「とりかぶと」や「へくそかずら」などが用いられています。

青紫の「とりかぶと」は、植物界最強とも言われる猛毒の植物。過去にはとりかぶとを使った殺人事件もあり、大きなニュースになりました。言わずもがな、蛇の毒を表現しているのでしょう。

「へくそかずら」は、どこからか種が飛んできて勝手に生いしげる、ガーデニングの厄介者。成長すると他の植物に絡み付くなどして、駆除しにくくなります。『蛇を踏む』では一度家に蛇を入れると追い出せないので、厄介なところを「へくそかずら」で表していると考えられます。

《革命家でありながら、花を愛することは可能か》展示風景

他にも、『源氏物語』や川端康成の『美しさと哀しみと』など日本の文学を始め、J.R.R.トールキンの『指輪物語』、ジュール・ヴェルヌの『地底旅行』まで、さまざまな作品がいけばなのテーマになっていました。

多様なジャンルの知識を学ぶことに加え、「いけばな」という意外な形でアウトプットするアンロ氏の思考は、現代のビジネスパーソンのお手本とも言えます。展覧会では本のタイトルや花材をヒントにいけばなを読み解き、彼女のアウトプットの表現力に触れてみましょう。

興味を引きつける展示の見せ方

《青い狐》展示風景

インスタレーション《青い狐》をはじめアンロ氏のアート作品は、文学、科学、哲学、宗教などさまざまな知に対する膨大な調査を踏まえて制作されています。そのため、多くの人にとって難しく、すっきりとは理解できないかもしれません。

しかし、展示の見せ方が巧妙なため、ついつい世界観に引き込まれてしまいます。特に《青い狐》の展示室は、宇宙から地球を見たようにはっきりした青色が特徴。オフィスのデザインではあまり使われない原色なので、異世界に迷い込んだような気分がします。

《青い狐》展示風景

インスタレーション《青い狐》の展示空間には、おもちゃの蛇が登場します。《青い狐》の展示に夢中になっていると、いつのまにか蛇が足元ににじり寄っており、鑑賞者は思わず踏んでしまいそうになるのです。まさに『蛇を踏む』冒頭の疑似体験で、ハッと息を飲みました。

《青い狐》はアフリカ・ドゴン族の創世神話に関する研究書や、ドイツの哲学者ライプニッツの原理に基づいていますが、それらの知識が無くても引き込まれてしまいます。私は色や蛇のおもちゃが効果的に鑑賞者の目を引くからだと考えていますが、皆さんはどう捉えますか?ビジネスにおける顧客の興味関心を引くテクニックにも、通じるところがあるのではないでしょうか。

【まとめ】『カミーユ・アンロ|蛇を踏む』をビジネスパーソンらしく味わう

カミーユ・アンロ《アイデンティティ・クライシス》展示風景

展覧会を読み解くヒントとして、カミーユ・アンロ氏と作品についてお伝えしてきました。4つのポイントをまとめておきましょう。

①カミーユ・アンロ氏は文学、神話、宗教、天文学、人類学などをリソースとする知的好奇心を刺激する作品を制作
②いけばな草月流とのコラボレーション
③書物を基にした「いけばな」に学ぶアウトプット能力
④人を引きつける巧妙な展示

現代を生きるアーティストなので、ビジネスパーソンにとっても多大な刺激を得られることは間違いありません。無から有を作るアンロ氏の作品を読み解くことで、仕事にも活かせるアウトプット能力を鍛えるきっかけにしていただけるのではないでしょうか。

展覧会情報

カミーユ・アンロ|蛇を踏む
会期:2019年10月16日[水]─ 12月15日[日]
会場:東京オペラシティ アートギャラリー
開館時間:11:00 ─ 19:00 (金・土は11:00 ─ 20:00/いずれも最終入場は閉館30分前まで)
休館日:月曜日(祝日の場合は翌火曜日)

文 美術ブロガー 明菜

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