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書評『世界のエリートはなぜ美意識を鍛えるのか』

2019.12.19

『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?~経営における「アート」と「サイエンス」~』 (光文社新書, 2017年)

主夫アートライターのかるびです。今回から、ART HOURSライター陣の一員として加わることになりました。

ART HOURSでは「アート×ビジネス」という視点でビジネスパーソンが書籍を通じて新たな学びを得るためのサポートをさせていただきます。そのため、多数出版されるアートやビジネスに関する新刊の中から、毎月数冊ずつ印象的なタイトルを取り上げて書籍レビューを行っていきます。

さて、その記念すべき最初の1冊に選んだのは山口周氏によるベストセラー『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか』です。本書は厳密には新刊ではないのですが、日本のビジネスパーソンに「アート×ビジネス」の重要性を事実上初めて紹介した記念すべき1冊ということで、今回は敢えてこちらをまず読み解いていきたいと思います。

本書を読み解いていく上で、ポイントとなるのは以下の3点です。
・なぜ本書が、アートとビジネスを結びつけた画期的な書籍といえるのか
・ビジネスに「美意識」が欠かせない理由とは何か
・「美意識」とは一体どのようにして鍛えればよいのか

それぞれ、順番に見ていくことにします。

新たな自己成長のための中心軸が求められていた2010年代

バブルが崩壊して以来約20年、日本のビジネスパーソンは不況やリストラに負けないよう必死で自らを鍛えようと努力を続けてきました。氷河期世代である筆者の友人にも、若い時に国内外でMBA取得のためのコースに通ったり、難易度の高い資格取得を目指してきた人が何人もいます。

そのせいか、20年くらい前と比較すると、職場内では論理的思考をベースとした科学的アプローチが日々の諸業務へ浸透してきている感があります。今や商談に行けば若手社員でも普通にKPI、ROIといった高度な経営指標を当たり前のように口にする時代になりました。こうした場面に遭遇すると、日本で長年続いてきた自己啓発ブームも悪いものではなかったなと思えてきます。

でも、いくら資格を取得してビジネスの諸理論を学び、歴史やワインなどの知識を身につけたところで、相変わらず日常業務は忙しく、創造性も今ひとつ高まった気がしないという方は結構多いのではないでしょうか?筆者も過去にいくつもの資格に挑戦し、そのいくつかは取得には成功しました。

その過程では、ある程度の満足感は得られたものの、自らの根本的な成長につながっているという実感は乏しく、漠然とした不安を拭いきれないまま日々の仕事に向かっていました。恐らくこれは自分だけではないはずです。

あれこれスキルは身につけてきたけれど、次の時代を生き抜くために自分の中で中心軸になるべき価値観や考え方が得られず、閉塞感から脱しきれないビジネスパーソンは多かったはずです。

そんな時、ポンと発売された新書が、斬新な内容で識者を驚かせた本書『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか』でした。本書は2017年7月に発売されると、口コミでじわじわと人気が広がり、2018年に売上が爆発。短期間で増刷を重ね、「ビジネス書大賞」で準大賞、HRアワード書籍部門最優秀賞を受賞するなど話題のベストセラーとなりました。

なぜ本書はアート×ビジネスのバイブル的な画期的な書籍となったのか

本書の画期的なポイントは、日本で流通するビジネス書としては、ほぼ初めて本格的にビジネスパーソンに対して自己啓発としての「アート」の本質的な活かし方をやさしく説いたことでした。

実は、本書が発売される少し前から、西洋の学問体系でいわゆる「リベラルアーツ」(自由七科)と呼ばれる、人文科学、社会科学、自然科学にまたがって幅広く教養を幅広く身につけ、ビジネスだけでなく学際的な知識を兼ね備えた知的なビジネスパーソンを目指そう、という機運が高まっていました。

この教養ブームの中で、当然「アート」にも注目が集まりだしてはいました。しかしこの時点では、アートは、エリートを目指すビジネスパーソンにとって、外国人との知的な雑談に欠かすことのできない「知識」の一つとしてインプットしておくべきであるとされ、大半の啓発書では美術史の体系的な知識を得ることを推奨されるにとどまったのです。

でもそれは本来「アート」を深く学ぶという意味で本質的ではありません。もちろん美術史を学ぶことによって身につく絵画や彫刻の有名作品に対する造詣的知識は、商談の場では有効に働くこともあるでしょう。

しかし、雑談のネタを仕入れたからといって、あなたのビジネスを進化発展させるための思考のフレームワークが本質的に身についたことにはなりませんよね。

したがって、この教養ブームは外国人とのコミュニケーションに迫られた一部のハイクラスなビジネスパーソン以外にはいま一つ有用性をもたらしてくれませんでした。

そんな状況を一変させた革新的な自己啓発書が本書でした。本書は、「アート」を単なる知識レベルでの有用性にとどまらず、ビジネス上で役立つ本質的な学びを得るために欠かせない学問分野として定義しました。

そして、日本人に足りていなかった「美意識」という定量化しづらい項目を、アートを通して得られる要素としてクローズアップします。アートを通して鍛えられるこの「美意識」こそが、今後不確実なAI時代にビジネスパーソンが持つべき不可欠なコンピテンシーである、と説いたのです。

ビジネスに「美意識」が欠かせない理由とは

では、なぜ「美意識」が欠けていると今後のビジネスは上手くいかないのでしょうか?著者の山口周氏は、本書の大部分を割いてここに深く切り込んでいます。いくつか印象的なものを箇条書きでピックアップしてみました。

●データ・ロジックのみで競合各社が激しく争うレッドオーシャンでさらに差別化を図ろうとすると会社はブラック化しやすくなる。この時、経営者に美意識が欠けていると結果を出すために、違法労働やコンプライアンス違反に手を染めてしまいがちである。(しばしば、新興成長企業が強引な買収やコンプガチャ、ステマなど既存ルールの抜け穴を探して倫理的に問題のある商売をしてしまう事例も多数あり)

●社会・経済情勢に不確実性が増す中、ルールや法律の整備がシステムの変化のスピードに追いつかなくなっている現状、経営判断を行う拠り所がデータやサイエンスのみでは良し悪しの判断ができなくなっている。

●21世紀は市場の成熟が進んだことにより、経営や製品のイノベーションはその達成と同時にパクリ合戦が始まり、陳腐化・コモディティ化が瞬く間に進行する。一方で

人々が商品から求める要素はより自己実現的な便益へと傾いており、価格や機能ではなく、デザインやブランド力が差別化には不可欠になっている状況下、もはや美意識なしでは、オリジナルのストーリーや世界観を構築することができない。

●最新の脳科学の最新研究成果からも、人間が高度な意思決定を下す際は、ロジックやデータといった理性だけでなく、絵を見て美しいと感じるような「美意識」に基づいて直感的・感性的に判断を下しているという科学的仮説が提出されている。

このように、山口氏は膨大な個人的知見と各企業へのインタビュー等を通して、「美意識」を鍛え上げることがいかに必要かまとめあげています。長年、一流のコンサルティングファームで活躍されてきただけあって、提起されている主張一つ一つの着目点は非常に鋭いし、ウィットに富んだ語り口は読んでいてある種の心地よさすら感じさせます。

さて、ここで一つ勘違いしたくないのは、本書は決して感性やセンスだけが大切である、と説いているわけではないことです。決してMBAに代表されるフレームワークや論理思考をないがしろにしていいと言っているわけではありません。

ロジックやデータに裏付けられたサイエンス思考と、美意識を鍛えることによって得られる感性やセンスとのリバランスを推奨しているにすぎないのですね。美意識をもっと活用できるようにすることで、行き過ぎたサイエンス志向によって生じる様々な弊害を改めるべきだと主張しているのです。

美意識の鍛え方とは?

では、本書でカギとなるコンセプトであるビジネスマンの「美意識」とは、どのように鍛えることができるのでしょうか?

そう、ビジネスパーソンの間で広がる昨今のアートブームを見ても、もうおわかりですよね。その有力な手段の一つが「アート」なのです。まずはアート作品を深く観ること。そして、対話型鑑賞(VTS)等のセッションを通して深い対話を通して気づきをシェアすること。

これによって、私達は無意識のパターン認識から外れた自由な観察眼を手に入れたり、繊細な美に対する感覚を研ぎ澄ますことができるのです。

(※注:山口氏は本書でアート以外にも読書や哲学、文学や詩を学ぶことからも美意識を鍛えることができると説いていますが、本コラムでは紙面の都合上割愛)

まず徹底的に「美意識」を持つ重要性を認識できるまで読み込もう

本書が発売されてはやくも2年が経過。2019年末現在、今や国内のコンテンツ制作やITサービスを提供する大手企業を中心に「アート×ビジネス」の領域で新たなサービス事業を模索する動きが一気に活発化してきていることからもわかるように、現時点でのビジネスパーソンにとって最大の関心は「どうすればアートを自分のビジネスに活かすことができるのか」という点でしょう。

しかし待って下さい。その前にまずあなたが腹落ちしなければならないのは、その前段階である「なぜ今アートを学ぶことが重要なのか」ということです。

論理思考のみによって導かれた最適解の先にはレッドオーシャンしか待ち受けておらず、美意識なきモラルハザードが頻発するリスクを抱えた職場にいたら、あなたのキャリアはダメになってしまうかもしれません。

それが、今アートを学ばないリスクなのです。アートによって普段から美意識を鍛えないことで、どんな不都合が生じるのか。本書では、たくさんの事例・アナロジーを織り交ぜながらそれらが懇切丁寧に解説されています。

したがって、アートを学ばないリスクが日に日に大きくなっていることを、本書を通してしっかり自覚することによって、その後アートを学び、美意識を身につけるためのしっかりとしたモチベーションを築くことができるでしょう。

また、本書において、山口氏は「美意識をどう身につけるか」という直接的なノウハウは敢えて紙面後半であっさりと記述するにとどめています。その代わり、前提条件である「なぜ美意識を鍛えるべきなのか」という、あなたが行動を起こすために納得しておくべき根源的な問いに紙面の大半を使いました。

これは、本書が出版された2017年時点では、山口氏以外にはほとんど経営とアートの親和性について探求している人がいなかったことを考慮に入れると理解できることではあります。

実際、著者がその後上梓した他書を読むと、山口氏は「どうやって美意識を鍛えるか」という引き出しを多数持っており、本書でももっと記述内容を深めることもできたはずだということがわかります。

しかし本書では、まず第1段階として、日本のビジネスパーソンに対してアートの重要性を認識してもらうことを主眼に置いて論陣が張られました。

したがって、本書の一番の活用法は、まずは納得できるまで本書を読み込んで、アートを通して「美意識」を身につける重要性について筆者の主張を十分理解することなのです。急がば回れ。実践はその後で十分間に合います。

まとめ:アート×ビジネスを追求する全てのビジネスパーソン必読の良書

もう一度本書のポイントをまとめておきましょう。本書で注目すべきポイントは以下の3点となるでしょう。

・なぜ本書が、アートとビジネスを結びつけた画期的な書籍といえるのか
・ビジネスに「美意識」が欠かせない理由とは何か
・「美意識」とは一体どのようにして鍛えればよいのか

ありがたいことに、本書では忙しい読者向けに冒頭部分にて(P14~P21)著者自身による非常に凝縮されたサマリーが前書きの続きとして掲載されています。購入しようかどうか迷ったら、まずは冒頭だけでも良いので店頭で手にとってみることをお薦めします。本書での山口氏の主張を正確に掴み取ることができるでしょう。

本格的なAI時代を迎え、「生産性」「効率性」を追求するだけでは、キャリアが立ち行かなくなってきた不透明な現代。今、アートを通して「美意識」を鍛えることはまさに閉塞感を破り、個人的成長への切り札となる可能性を秘めた最後のフロンティアであるように思います。

当然、それは一朝一夕にすぐに身につくものではないことは言うまでもありませんが、まずは美意識を身につける重要性を腑に落ちるまで学ぶには、本書は間違いなく最適の一冊となるでしょう。アート×ビジネスの可能性を追求したいビジネスパーソンにとってはまず最初に目を通しておきたい必読の書です。

文 かるび

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