Article

書評『時代を語る名画たち 絵画を変えた22人の天才』

フェルメール、モネ、ルノワール、ゴッホ…日本では、毎年春・秋のハイシーズンになると、東京、大阪を中心とした全国各地の大都市で西洋美術史に輝く巨匠達の展覧会が数多く開催されています。

わざわざ時間とお金をかけてヨーロッパへ行かなくても、わずか1,500円ほど払えば、向こうから大量の美術品が日本にやってきてくれるのです。アートファンにとっては本当に良い時代になったものです。

ところで、こうした美術展に何度となく通うようになると、ひとりひとりの巨匠だけでなく、西洋美術の歴史全体をもっと深く知りたいと思うようになるのは自然なことかもしれません。

そんな「もうちょっと西洋美術のことを知りたい」「美術史について触れてみたい」という意欲的なアートファンのためにぴったりな1冊が、今回ご紹介する木村泰司「時代を語る名画たち」です。アートをぐぐっと一般のビジネスパーソンに身近なものとしてくれた木村氏の新著は、まさに教科書的に使える良書でした。

「時代を語る名画たち」はどんな本なのか

本書は、タイトルにもある通り、15世紀から20世紀にかけて、約500年にわたる近代西洋美術史の中で、イノベーションを起こし、絵画を変えてきた巨匠達を、それぞれの代表作数点を取り上げながら紹介・解説した美術史の入門書です。

取り上げられた画家は、たくさんのオールドマスターの中から選び抜かれた全22名。1章に1人ずつ、全22章で時系列順に紹介されていきます。

たとえば、油彩画を発明したヤン・ファン・エイク。ルネサンス期に活躍したダ・ヴィンチやラファエロ、バロック時代に全ヨーロッパでその名を轟かせたカラヴァッジョやルーベンス、ヴァン・ダイク。そして19世紀以降に全盛期を迎えるフランス絵画からはダヴィッド、ドラクロワ、マネ、モネ、ゴッホ、セザンヌまで綺羅星の如く巨匠たちが並んでいます。

その語り口は非常に軽快で、読みやすさは抜群。通勤のお供やちょっとした息抜きにスイスイ読み進めることができる入門書でした。

ビジネスパーソンに「教養」という文脈で西洋美術史を紹介した木村泰司氏

実は本書のような西洋美術史を扱う入門レベルの美術書は、木村泰司氏にとっては十八番ともいえる執筆ジャンルなのです。試しにAmazon等で調べてみると過去にも非常に多くの美術史の入門書を手掛けていることがわかります。

そんな木村氏が美術ファンだけでなく、一般のビジネスパーソンにも広く認知されるようになったきっかけが、2017年に発売された『世界のビジネスエリートが身につける教養「西洋美術史」』でした。折しも教養ブームが全盛だったこともあり、同書は美術書コーナーではなく、ビジネス書コーナーに置かれました。

これにより、従来のアートファン以外に幅広い読者層を獲得。じわじわと口コミで広がり、最終的には10万部を超えるベストセラーになったのです。木村氏のおかげで、アートについての教養や知識が仕事上に役に立つのだということを実感できたビジネスパーソンは非常に多いのではないでしょうか。

それ以来、木村氏が手掛ける書籍は、従来よりもビジネスパーソンを強く意識して書かれるようになりました。本書「時代を語る名画たち」もその流れを汲んでおり、アートファン以外の一般の読者がアートの詳細な前提知識なしで読み進めても、ビジネス・教養の文脈で楽しく学べるようなテイストで執筆・編集されています。

それでは、ビジネスパーソンにとって、「時代を語る名画たち」がなぜオススメなのか、3つのポイントに絞って詳しく見ていきましょう。

オススメのポイント1:絵画を変えた巨匠から得られる学びとインスピレーション

通常、どんなジャンルでも歴史に名前が残るには、それなりの理由があるものですよね。西洋美術史において、現在まで名を残している画家は、それぞれの画業において美術史に残るだけの偉大な功績を達成しているのですね。

では、その偉大な功績とは一体何なのでしょうか?

一言でいうと、彼らが残した功績とは、絵画の世界でイノベーションを起こしたということです。

単に技術力が優れているにとどまらず、プラスαとして新しい絵画技法を開発したり、時流を先取りした新しい絵画のコンセプトを追求したりして、作品を通して人々に新しい世界観を提示したからこそ、人々の記憶に強く残る存在となったのです。

本書を読み進めていくと、このことを強く思い知らされます。たとえば、第1章で取り上げられているヤン・ファン・エイク。

15世紀のフランドル地方(現在のベルギー近辺)で活躍した天才画家ですが、彼は約50年の生涯の中でいくつものイノベーションを達成しました。中でも有名なのが、油彩技法の発明です。彼は、代表作品の一つであるゲントの大祭壇画(1432年)を油彩画で完成させ、絵の具の特性を活かした細密描写を駆使して人々の度肝を抜きました。

また、肖像画においても彼はイノベーションを達成します。それまでの西洋絵画の伝統だった側面像ではなく、暗い背景に斜めにポーズを取る四分の三半身像で肖像画を描き始めました。さらに、自らの作品に「署名」と「年記」を記したのもヤン・ファン・エイクが初めてでした。

本書では、まさに絵画世界に革新的なムーブメントを起こした巨匠達が、名画とともに当時の時代背景や歴史事実を交えて紹介されています。各時代において、天才画家が達成したブレイクスルーを追いかけて見ていくのは非常にエキサイティングです。読み進める中で得られた知的興奮は、ビジネスパーソンにとって仕事上の大きな刺激になってくれるかもしれません。

オススメのポイント2:カラー画像での充実した作品掲載

本書を読み進めていく中で、非常に嬉しく感じたのがカラーでの鮮明な作品画像が約60点も掲載されていることです。取り上げられている22名の巨匠全てに最低2点以上の作品画像が紹介されています。読者はこれらのカラー作品画像を楽しみながら、彼らの作品がなぜ素晴らしいのか、作品のどの点が評価されたのかを、自分の目で検証しながら理解できるのです。

カラー画像がついている・・・といっても、そんなの当たり前なのではないか、と思われるかもしれません。しかし、世の中に出回っている文庫本や新書、ビジネス書といったジャンルの本を見てみると、意外とカラー画像がふんだんに使われている本は少ないのです。

比較的高額なアートの専門書ならまだしも、1500円のビジネス書でこれだけの充実したカラー画像が用意されているのは画期的だと思います。実際、本書と同時期に出版された類書を見てみると、その半分程度か、白黒画像しかついていないものも多いようです。

オススメのポイント3:平易な解説と、知的好奇心を満たしてくれる多彩なエピソード

本書を読み進めるうちに気付かされるのが、非常に読みやすく執筆・編集されていること。それまで西洋絵画についての専門知識が全くなかった人でもサーッと読み下せるように、極力専門用語が廃されていますし、読者が疑問に感じるであろうポイントは先回りして背景解説がきちんとなされています。

また、記憶のフックに残りやすいよう、印象的なエピソードが随所に挟み込まれるのも、本書の特徴です。

たとえば、レオナルド・ダ・ヴィンチがミラノの教会で描いた壁画「最後の晩餐」を見たフランス王ルイ12世が、なんとか壁から切り取って持って帰れないか尋ねたというエピソードからは、いかに本作が描かれた当時から人々に高く称賛されていたのかよくわかります。

また、極端に潔癖症だったセザンヌは、裸体のモデルと接するのも嫌がり、裸体の水浴図を描く時は写真や昔のスケッチから裸体像を合成していたというエピソードからは、画家のリアルな人間臭さを感じることができました。

このように、本書は1人の巨匠の画業を巡って歴史的な背景や作品解説を中心に初学者から中級者までを満足させるだけのコンテンツ量を含みながら、意外性あふれるこぼれ話も随所に挿入され、読み進めるうちに知的な面白さをたっぷりと感じることができるのが隠れた長所です。エスプリの効いた講演会が非常に人気の木村氏ですが、本書を読んでいるとまるで彼の講演会の実況中継を聞いているような臨場感を覚えました。

最後にもう一度まとめておきましょう。本書「時代を語る名画たち」をビジネスパーソンにお薦めしたい理由は以下の3点です。

  1. 絵画を変えた巨匠から得られる学びとインスピレーション
  2. カラー画像での充実した作品掲載
  3. 平易な解説と、知的好奇心を満たしてくれる多彩なエピソード

筆者は本書をすでに4回読み返しましたが、情報量が非常に詰まっているため、2度、3度と読み直すたびに新しい発見が得られています。西洋美術史をこれから学ぼうとする初学者から、一通り美術展で巨匠の作品群に多く触れてきた中級者まで、幅広く学べる優れた入門書でした。教養をつけたい人、他分野で活躍した歴史上の偉人から学びたい人にもオススメです。西洋美術史を学ぶのが楽しくなってくる良書でした。

書籍情報:
単行本: 229ページ
出版社: ぴあ (2019/11/28)
ISBN-10: 4835639405
ISBN-13: 978-4835639406
発売日: 2019/11/28

文  かるび

Page Top
メール メール