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書評『アート思考 ビジネスと芸術で人々の幸福を高める方法』

2020.2.12

【書籍情報】
[著者]秋元 雅史
[出版社]プレジデント社
[発売日]2019年10月31日

主夫アートライターのかるびです。

ART HOURSでは「アート×ビジネス」という視点でビジネスパーソンが書籍を通じて新たな学びを得るためのサポートをさせていただきます。そのため、多数出版されるアートやビジネスに関する新刊の中から、毎月数冊ずつ印象的なタイトルを取り上げて書籍レビューを行っていきます。

ビジネス書のコーナーに足繁く通っていると、ビジネスにおける頭の使い方を指南した自己啓発書がよく平積みされていますよね。「論理思考」「デザイン思考」「水平思考」・・・など「●●思考」系のフレームワークは百花繚乱状態です。とうとう「アート思考」も、その決定版というべき入門書が発売されました。

それが、今回書評として取り上げる「アート思考 ビジネスと芸術で人々の幸福を高める方法」(著・秋元雄史)です。読んでみると、これまでアートに全く触れたことがないようなアート初心者でも、ストレス無く「アート思考」を理解し、実践できるように練り込まれた良い入門書でした。

「アート思考」とはいったい何なのか

まず、一番気になるのは本書のタイトルにもなっている「アート思考」は一体なんなのか。さぞや難しい定義づけがされているのだろう・・・と思ってページをめくってみると、ありました。

アート思考・・・アーティストのように考えること。

実にシンプルでわかりやすいです。本書で秋元氏が提唱するのは、アーティスト、とりわけ現代アーティストの思考様式を学び、彼らの思考回路や行動様式を自分の中に取り入れて、ビジネスに活かしていったらいかがですか?というシンプルな提案なのです。

しかし、言うは易し、行うは難しです。誰でも岡本太郎やピカソみたいに、思うままに作品を次々に作って、直感の赴くままに毎日を情熱的に生きられるわけではありません。筆者も含め、大多数のビジネスパーソンはアーティストのような創造的な日常からは程遠い、普通の会社員生活を送っているのが現状かと思います。

しかも、ビジネスとアートのゴールは違います。ビジネスパーソンは、人々や社会の問題を解決することで利益を得ることを最終目的にしていますが、アーティストが最も心動かされるのは金銭的なインセンティブではありません。それも大事ですが、それよりも、自身が創造した価値が世の中に認められるほうが彼らにはもっと大切なのです。だから、アーティストは生涯を自己探求に捧げる生き方を志向するわけです。

ただ、これだけアーティストとビジネスパーソンは違っているからこそ、ビジネスパーソンにとってアーティストから学べるものも非常に大きいはずだ、と秋元氏は強調しています。

アート思考を理解して、実践するための3つのポイント

本書では、「アート思考」とは何なのか?という解説から始まり、アートとビジネスの関係性や現代アートについての基礎知識、鑑賞法、現代アーティストの紹介など、非常に多岐にわたる論点が網羅されています。本稿では、特に著書前半部分で強調されている以下の3つのポイントを深く取り上げてみたいと思います。

①なぜビジネスパーソンにとって「アート思考」が欠かせないのか
②アーティストの行動や思考からどのような点を学べば良いのか
③アート思考を学ぶために最適な「現代アート」とはなにか

早速一つずつ、見ていきましょう。

なぜビジネスパーソンにとって「アート思考」が欠かせないのか

アート思考、つまり、アーティストのように思考することが、なぜそれほど現代のビジネスパーソンにとって大切なのでしょうか?

秋元氏は、「人間社会の課題が広く、深くなっていく時代において、ビジネスの課題の立て方(ビジネスモデル)を広く、深いものでなければ、息の長いビジネスとして存続できないのではないか」と解説しています。

アーティストは、「問い」を立てることが仕事です。社会の歪みや時代の流れを独自の感覚でいち早く捉え、まだ言語化されていない潜在的な問題をイメージや形に置き換えて世界にプレゼンテーションしていく、いわば「炭鉱のカナリア」的な存在であるアーティスト。

現代はテクノロジーが発達し、社会や経済が抱える問題もVUCA(Volatility=変動性、Uncertainty=不確実性、Complexity=複雑性、Ambiguity=曖昧さ)と言われるように不安定さを増しており、論理思考をはじめとする問題解決型のアプローチよりも、新たなビジョンや大胆な問題提起による「問い」を立てることが何よりも大切だと言われます。

そんな中、既成概念や常識の枠外でクリエイティブな発想を打ち出すことを得意とするアーティストの思考回路や行動様式からは、絶対に学びが多いはず。現代アートをじっくり観たり、アーティストの言動からインスピレーションを得ることができれば、きっとクリエイティブな発想が得られるに違いありません。

アーティストの行動や思考からどのような点を学べばよいのか

しかし、実際に大変なのはここからです。アーティストのように考え、行動するとは一体どういうことなのか?また、どうすれば彼らからインスピレーションを効率的に受け取ることができるのか?そこが、ビジネスパーソンにとって次に最も知りたいこととなるでしょう。

本書では、この点についても、何名かの著名な現代アーティストを例に、アーティストから応用可能な思考や行動を紹介してくれています。

たとえば、杉本博司や村上隆は、現在国際的にも評価・名声を得た日本を代表する現代アーティストですが、彼らの成功の秘密は、自己プロデュース力です。美術史の中で自らの作品・作風がどのような位置付けにあるのか考え抜いて作品制作を行い、かつ創り出した作品がどのようなインパクトを持つのか、明確に言語化して外部へと発信していくことで、アート・ワールドにおける立ち位置を確保したのです。

また、村上春樹は一見天才肌のように見えて、アスリートのようなストイックさで日々の制作に取り組みます。インスピレーションが降りてきた時だけ、気ままに作業をするのではなく、とにかく毎日決められた時間机に向かう。制作過程をルーティーン化して習慣にすることで、常に一定以上のアウトプットを出し続けられるようにしています。

こうしてみると、実はアーティストであっても、まるでビジネスと同じような取り組み方で作品制作を進めていっていることがわかります。ビジネスパーソン以上に論理的・戦略的に物事を進め、ストイックな姿勢で日々を過ごす一流アーティスト達は、ビジネスに携わっても、きっと一流であったに違いありません。

また、アーティストに備わっている「感性」や「センス」といった、一見天性の素養に思えるような性質についても、鍛え方次第では我々一般のビジネスパーソンであっても、身につけることは可能だと解説されています。

そのヒントの一つとして示されているのが、茂木健一郎が提唱するクオリア理論です。心の底から情動が伴うような深い経験をすること≒感動することこそ、インスピレーションの源泉であるのです。筆者は、こうした経験を得るには、自分の心の中を深く見つめ、内側から湧き上がるものを定期的に見つめる機会を作っていくことが大切である、と説いています。

あるいは、伝統工芸のプロデューサー業に進出した元プロサッカー選手の中田英寿の例も参考になりそうです。彼はサッカーを辞めたあと、全国の伝統工芸や日本酒づくりを深く学びました。

注目したいのは、中田英寿のアートに対する学び方です。彼は、単に作品を観るだけでなく、必ず制作工程も体験してみることを厭わなかったのです。面倒にも思える愚直な作品制作体験を通して、視覚以外の五感を総動員して芸術に対する理解を深めていくことができたからこそ、短期間で展覧会のプロデューサーを務められるほど経験値を積むことができたのでしょう。

中田の例は、たとえそれまでアートに造詣が深くなかったとしても、アーティストのように振る舞い、考え、行動することでアート思考を身に着けることができるという力強い生きた実例になっているのではないでしょうか。

アート思考を学ぶために最適な「現代アート」とはなにか

アーティストからアート思考を学ぶためには、アーティストと直接交流したり、著作やインタビューなどを読み込んだりすることで、彼らの考え方を知るのも大切です。しかし、それよりも何よりもまず絶対に欠かせないのが、彼らの作品をしっかり観ることです。

なぜなら、作品こそが、実際に彼らの頭の中身のエッセンスが凝縮されて「見える化」されたものであるからです。いわば、作家の分身といっても良いでしょう。

彼ら現代アーティスト達の作品は、独自の世界観やコンセプトを内包した、今までに見たこともない姿・かたちをしていることも多いでしょうから、作品をぱっと見ても説明なしでは何がなんだかわからず頭を抱えてしまうことも多いでしょう。

しかし、この「わからない」ことこそ、現代アートの本質である、と秋元氏は強調します。むしろわからないことを当たり前であるととらえ、わからないからこそ面白い、という姿勢で作品を見て、考え続けることが大切なのです。

初心者向けのオススメ現代アーティストが一挙掲載された付録にも注目

本書を読み進めていくと、「では、現代アートといっても一体何を見たらいいんだろう」と悩んでしまいますよね。この点で秋元氏は、多数の読者が抱くであろう疑問点に対して最終章のあとに、約40ページを割いて付録「注目すべき現代アーティストたち」でしっかりと解説してくれていました。海外の大御所から日本国内で活躍する気鋭の若手現代アーティストまで、現代アートの最前線で30年以上作品を観続けてきたプロ中のプロが推奨するリストは非常に心強い鑑賞ガイドとなってくれるでしょう。筆者もまだまだ現代アートについては勉強を始めたばかりなので、この付録は本当に役立ちました!

現代アートを仕事に活かすためのヒントが満載のオススメ入門書!

もう一度、最後にここで本書のポイントをまとめておきましょう。本書を読み進めるにあたって注目すべきポイントは以下の3点となるでしょう。

①なぜビジネスパーソンにアート思考が欠かせないのか
②アーティストの行動や思考からどのような点を学べば良いのか
③アート思考を学ぶために最適な「現代アート」とはなにか

クリエイティブなビジョンやビジネスの新しいフレームワークを考える時に最も力を発揮してくれるアート思考。そのアート思考を身につけるために欠かせないのが、「問い」を立てる天才であるアーティスト達の鋭い感性が詰まった現代アートです。

本書は、「現代アート」に慣れ親しみ、学ぶことでアート思考を身につけていくためのヒントが満載された、わかりやすい啓発書となりました。現代アートについても多角的な解説が加えられており、初心者向けの現代アート入門書としても非常に有用です。

筆者も定期的に読み返すことで、毎回現代アートやアート思考について新しい発見を得ることができている良書です。「アート思考」とは何なのか、最初に読むべき入門書としてオススメできる1冊です。

文 かるび

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