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書評『アート・イン・ビジネス-ビジネスに効くアート』

主夫アートライターのかるびです。

ART HOURSでは「アート×ビジネス」という視点でビジネスパーソンが書籍を通じて新たな学びを得るためのサポートをさせていただきます。そのため、多数出版されるアートやビジネスに関する新刊の中から、毎月数冊ずつ印象的なタイトルを取り上げて書籍レビューを行っていきます。

さて、今回取り上げる書籍は有名な広告会社電通内のプロジェクトチーム「電通美術回路」メンバーが書いた『アート・イン・ビジネス — ビジネスに効くアートの力』です。

一見、全く相容れない対極な位置として捉えられている「ビジネス」と「アート」。この2つの融合を目指して、ビジネス側からのアプローチを網羅的・体系的にまとめ上げた実践のための画期的な入門書が本書です。本書では、企業や地域プロジェクトなどの先駆的事例や大規模なサーベイ結果による定量的な分析を元に、ビジネスにおいてアートがどのように実践的に役立つのかということを理論立てて体系的に説明してくれています。

著者自ら『本書は「アートをビジネスに取り入れるための理論と実践が融合したはじめての体系書」である』と自賛する本書。一体どんな本に仕上がっているのでしょうか。早速見ていくことにしましょう。

さて、本書を読み解いていく上で、ポイントとなるのは以下の3点です。

アート・イン・ビジネスを実践する最初の一歩は「アートの内在化」から

アートは、個人・組織など様々なレベルで好影響をもたらします。たとえば、個々のビジネスパーソンが日常業務に取り組む上で想像力や共創力などの源泉になり(アートパワー)、それが組織全体の活性化や革新的な事業イノベーションの土台になります。(アート効果)

この好循環は、まず個人がアートから時間をかけてゆっくりと学びを得て、個人の思考や感性にアートが浸透していくところから始まります。これを本書ではアートパワーの「内在化」と呼び、ビジネス・イン・アートを実践する上で欠かせないプロセスであると位置付けています。

アートを内在化させたビジネスパーソンがもたらす「アート効果」

アートを内在化させ、自らの内側に「アートパワー」を持つに至ったビジネスパーソンは、アートから着想を得た自らの経験や洞察をビジネスに活かすようになるでしょう。その時に企業組織にもたらされるプラス作用を本書では「アート効果」と定義づけています。アート効果には、「ブランディング」「イノベーション」「組織活性化」「ヴィジョン構想」という4つのタイプがあります。

豊富な先行実績から学ぶ「ビジネス・イン・アート」の実践例      

本書では、「アート・イン・ビジネス」の理論を元に、ビジネスパーソンが今後アートをどのように活かしていけばいいのか、タイプ別に実践のモデルケースが示されます。ビジネスパーソンがどのようにアートと向き合い、どのようなプロセスを経て個々のビジネスへと落とし込んでいけばいいのかという初心者向けのアドバイスも盛り込まれています。

それでは、一つずつ見ていくことにしましょう。

アートをビジネスに役立てるための最重要なキーワード:「アートの内在化」

「アート×ビジネス」のベストセラー『世界のエリートは、なぜ美意識を鍛えるのか』(山口周著)でも指摘されている通り、アートから得られる学びや気付きに即効性はありません。ときには5年、10年と時間がかかることもありえます。

アートとは、美術館に通ったり、作品を購入したり、絵を描いたり、自らの好む様々な活動を重ねながら、仕事や私生活で培ってきた経験と組み合わさることで、徐々に我々の心身に染み込むようにして身についていくタイプの学びであるといえるでしょう。

アートと出会い、アートと深い関わりを持つことによって徐々にアートが自らの血肉となっていくこうした一連のプロセスは、本書では「アートの内在化」と名付けられています。非常にうまいネーミングです。ビジネスにおいてアート思考を実践するためには、学びを通した個人の内面の変容が不可欠であり、それは自らの奥深くにアートがインストールされるような感覚が伴うからです。

※本書P4掲載の図版を参考に筆者が作成

そして本書では、ビジネスパーソンがアートと接点を持ち、そこから自らの内側に蓄積されていく特質を「アートパワー」と定義づけています。「アートパワー」には、問題提起力、想像力、実践力、共創力の4つの力があるとされ、これらは主に今を生きる我々が現代アートと深く触れ合うことで活性化されるものであると解説されています。

「アートパワー」が個人の内側に蓄積されたビジネスパーソンは、所属する会社組織を活性化する触媒になったり、培われた感性や知見を活かしてビジネスを進化発展させていくことができるようになるでしょう。本書では、これを「アート効果」と定義づけています。

こうして読み進めていくうちに気付かされるのは、アートを内在化すること、つまりアートから何か学びや気づきを得るというプロセスは、非常にプライベートで一人ひとりユニークな体験になるのであろうということ。つまり、論理的思考やデザイン思考といった、研修やレクチャーを受ければ誰でも一定の理解・修得が可能なフレームワークとは大きく異なっているのです。

つまり、アートを内在化するということは、自分の感性や好みに従って様々な活動を自由に選び取り、自分だけの体験を通して洞察を得ていくプロセスであるということです。

それは、非常に楽しい学びのプロセスと言えるのではないでしょうか?

なぜなら、美術館で好きな絵画を見たり、興味のある分野の画集を購入したり、自らの好みに応じて自由に探求を深めていけるのですから。楽しみながら、徐々に自らの内側にアート体験が染み渡っていくのを待っていれば良いわけです。

アートが持つビジネスへの4つの波及効果とは?

こうしてアートを内在化させることに成功したビジネスパーソンは、自分が関わるビジネスや事業組織にもプラスの好影響をもたらしていきます。ある者は培ったアーティスト顔負けのセンスで、社員の誰しもが気づかない鋭い仮説を立て、柔軟な姿勢でコラボレーションを重ねる中で事業を成功に導くでしょう。

また、組織単位でアートに対する関心・理解を高めるような活動を行っている企業では、アートパワーを身につけて自律性を高めた社員が育つので、組織全体の活性化にもつながっていくでしょう。

※本書P12を参考に筆者が作成

本書では、こうしたアートパワーのビジネスへの波及効果を、「アート効果」と名付け、「イノベーション」「組織活性化」「ブランディング」「ヴィジョン構想」という4つのカテゴリに分け、それぞれを企業事例を交えながら解説しています。

例えば、アート作品は、世界にたった1点しかない意味や解釈が詰まった象徴的な存在ともいえますが、こうしたアートの価値を活用して、企業のブランドイメージを唯一無二の立ち位置へと高めることができるでしょう。(ブランディング)

また、アート作品は既存の枠組みや常識の裏側にある見えづらいものを具現化させる強烈な「問い」を投げかけてきます。こうしたアート作品を創り出すアーティストと共同作業を行うことで、企業は革新的な発想を持つプロダクトやサービスを世に問うことができるかもしれません。(イノベーション)

このように、本書では個人におけるアートパワーの蓄積が、最終的にはアート効果として会社の業績を改善させ、組織の活性化にも繋がりうるということを示しているのです。

ここが本書の優れたところです。過去これまでに「アート×ビジネス」について論じてきた自己啓発書やビジネス書では、個人なら個人、企業なら企業と、ある一側面に視点を限定してビジネスにおけるアートの好ましい影響を取り上げるにとどまっていましたが、個人レベル↔企業レベルを連関させ、横断した分析を本格的に試みた書籍は本書が初めてだったといえるのではないでしょうか。

アート初心者でも大丈夫!ビジネスに応用するためのアートの学び方とは?!

さて、いかにビジネスにおけるアートの実践が重要か・・・ということを学んでも、そもそもアートをどのように学んだらよいのか?あるいは、どんなアートにふれるのが良いのか、アート初心者には判断が難しいかも知れません。

そこで、本書ではビジネスに応用するために最も効率よく学びを最大化できるアート分野として「現代アート」を推奨。なぜなら、現代アート作品は、単に美しさを表現するだけにとどまらず、同時代に生きる人々に深く突き刺さる「時代への批判的思考」が大きなテーマとして含まれているからです。

また、時代の網にふるいにかけられ、見方や解釈がある程度決まっているオールドマスター達の絵画よりも、鑑賞者が自らの主観を投影させ、幾通りの解釈ができる余白が多く残されている現代アートの方が、アートからより多彩な学びを得られるという観点では適しているのかもしれません。

ただ、現代アートは非常に鑑賞が難しい、というイメージもあります。現に、著者が数年前からアートに慣れ親しみ始めた頃も、数あるアートのジャンルの中で現代アートだけは最後まで苦手意識がありました。

本書は、そんなアート初心者に対しても気配りを忘れていません。第9章「アート・イン・ビジネスの実践法」では、実際にひとりのビジネスパーソンの実例を取り上げ、アートをどのようにビジネスの実践へと落とし込んでいったのかを段階を踏んで非常に詳細に解説しています。また、アートに出会うための最初の第一歩をどのように踏み出せばいいのか、「アートと出会うきっかけ」も懇切丁寧に解説してくれています。

このあたりは、高名な学者でもアート業界の重鎮でもなく、広告会社でコンサルティング業務を志向する有志チームの手によって書かれたことが奏効しているかもしれません。ビジネス上の必要に迫られて、アートの知識がゼロに近い状態のビジネスパーソンが読んでも、きちんとわかるように平易な文体で書かれているのは本書の特筆すべき特長だと思います。

アートとビジネスの融合が進む未来。ビジネスを突き詰めるとアートになる?!

ビジネスパーソンがアートと出会い、興味を深めて親しむうちにアートが「内在化」されていく。そうして「アートパワー」を身に着けたビジネスパーソンは、自らが関わるビジネスにおいても「アート効果」を波及させ、組織や事業を活性化させる。日々の実践を通してさらに内在化が進んでいく・・・

本書が描く「アート・イン・ビジネス」のフレームワークの完成形です。アートの内在化から実践までが、きれいに円環のようにつながっていますね。では、このサイクルが行き着いた先には一体何があるのでしょうか?

本書の最終章「アート・イン・ビジネスが未来を描く」では、アート・パワーを深く内在化させたビジネスパーソンのあり方が示されます。彼らは、まるでアーティストがアート作品を作るように、自らの視点・感性を最大限活かして自分自身に必然性のあるユニークな仕事を達成するだろう。また、アーティストとビジネスパーソンの垣根は極めて曖昧なものとなり、両者は融合して社会や世界を共創していく存在となっていくだろう。このように予言されています。そうなったら本当に素晴らしいですよね。

実際、本書で先駆的事例として度々登場する、「Soup Stock Tokyo」で外食産業に新たなカテゴリを創出するなど、アートの力でイノベーションを起こし続けている株式会社スマイルズの遠山氏は、「スープは作品だ」と言い切っています。つまり、完全に自らのビジネスをアートであると捉えているのです。

このように、本書ではビジネスとアートの融合を実践するための理論が極めて分かりやすく解説されるとともに、未来のビジネスにおけるアートの可能性も提示されています。一人ひとりのビジネスパーソンが自由に感性を羽ばたかせ、アート作品のような創造性豊かなビジネスを手掛けることができるようになれば、仕事は絶対今よりも何倍も楽しく充実したものとなるかもしれませんね。

まとめ:ビジネスにアートをどのように取り入れていったらいいのか迷ったらこの1冊!

もう一度、最後にここで本書のポイントをまとめておきましょう。本書を読み進めるにあたって注目すべきポイントは以下の3点となるでしょう。

・アート・イン・ビジネスを実践する最初の一歩は「アートの内在化」から
・アートを内在化させたビジネスパーソンがもたらす「アート効果」
・豊富な先行実績から学ぶ「ビジネス・イン・アート」の実践例

20社を超える企業での成功事例、ビジネス領域で先駆的コラボレーション実績を残した50名以上の現代アーティストなど、非常に多くの実践事例も散りばめられた本格的な「アート・イン・ビジネス」の理論書となった本書。ビジネスにアートを取り入れたいと考えている全ビジネスパーソンに自信を持っておすすめできる1冊です。

【書籍情報】
[著者]
電通美術回路 若林宏保 (電通 クリエーティブ・ディレクター)
大西浩志 (東京理科大学経営学部准教授)
和佐野有紀 (アートコミュニケーター/医師)
上原拓真 (電通 プランナー)
東成樹 (電通 コピーライター)
[出版社]有斐閣
[発売日]2019/12/17


文 かるび

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