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“思想”を体現するキャンバスとしてのオフィス
-ビジョンを持つ会社が考えるアートの力-
株式会社BIOTOPE 佐宗様 松浦様

2019.06.14

株式会社BIOTOPE
CEO Chief Strategic Designer
佐宗邦威さん

東京大学法学部卒業。イリノイ工科大学デザイン学科修士課程修了。P&Gにて、ファブリーズ、レノアなどのヒット商品のマーケティングを手がけた後、ジレットのブランドマネージャーに。ヒューマンバリュー社を経て、ソニークリエイティブセンターで新規事業創出プログラムの立ち上げなどに携わる。独立。BIOTOPE設立後は、BtoC消費財のブランドデザインや、ハイテクR&Dのコンセプトデザイン、サービスデザインプロジェクトなどを手がけている。著書に『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』(クロスメディア・パブリッシング)、『直感と論理をつなぐ思考法』(ダイヤモンド社)。京都造形芸術大学創造学習センター客員教授。

株式会社BIOTOPE
Imagination Painter
松浦桃子さん

思い描いているアイディアや未来がある人のもとへ行き、そのイメージを絵に描く「Imagination Painter」。グラフィックレコーディングなども請け負う。

ビジョン思考とアートの関係とは?

― 佐宗さんが提唱されている「ビジョン思考」とは?

佐宗氏 ビジョン思考の話の前に、同じ創造のための思考法である「デザイン思考」の話をさせてください。

デザイン思考は、様々な僕らの生活の課題を創造的に解決するデザイナーの思考法を分解し誰にでも使える創造性の民主化の方法論として、2000年代前半に日本にも知られ始め、2010年代に入って広まっていったものです。

私がシカゴのイリノイ工科大学というデザインの大学院でデザイン思考を学んだ時に感じたのは、「できることは問題解決だけじゃない。それを越えたものだ。」ということでした。

そもそもデザイン思考は”他者の課題解決”が目的ですから、やっていくうちに、「誰かのために=他人モード」で考えるようになってしまいます。それは社会における有用性という意味ではとっても素晴らしいことなんだけど、でも創造することの本質はそれだけじゃない。

むしろ、スタートは自分自信がやりたいと思うことと向き合ってその想いを形にすることだと思っています。創造脳=OSを持って生きているデザイナーとかアーティストってそういう思考の基礎を持った上で問題解決をしているのですが、そのOSを持っていないビジネスマンが従来のデザイン思考の考え方だけを移植すると、想像の本質ともいうべき「自分モード」が抜け落ちてしまわないか?と感じたわけです。

そんなことを考えている時に、「京都造形芸術大学でデザイン思考を教えて欲しい」とお話がありました。その時に、なぜデザイン思考?と思いました。

私はアートスクールとは表現しながら自分と向き合っていくアトリエ的なところに本質がある場所だと思っていて、そこで問題解決の方法論の話をしても意味がないと思ったのですね。

自分と向き合うということは、自分のキャンバスに自分の妄想や直感をぶつけ、理想と現実のギャップの中にあるモヤモヤしたビジョンを形にして、少しずつ解像度を上げていくことです。

よく考えたら、これってアートの表現とすごく似ているなあ、と。それまでモヤモヤと考えていた、デザイン思考をビジネスマンがやっていくことで抜け落ちる本質を具体化する場所として、良い出会いになるのではないかという直感がありました。

そんな気づきから、自分自身の「感情」や「想い」をベースにして、ゼロイチで何かを生み出すためのプログラムを考えていったのが「ビジョン思考」なんです。

最初は「アート思考」と表現したりしていました。でも突き詰めて考えていくと、アートを思考法と呼んでしまうのは何か違うのではないかと思うようになりました。

アートというのは、表現で語っていく上ではデザインと似たものにも見えますが、その本質はその人の生き方であり人生を社会に問いかけていくことだと思っています。

それを“思考”と呼ぶことに違和感がでてきました。それで、ビジョンを考える思考プロセスということでビジョン思考と定義し、それを実践していきる生き方を人生藝術の山脈を登ることではないか、と整理したのです。

「ビジョン思考」と「デザイン思考」


― 「ビジョン思考」と「デザイン思考」の共通点と違いについて教えてください

佐宗氏 何もない状態から何かを生み出す創造OSであることと、体感覚や視覚を使ってモヤモヤしたイメージを言語化していく方法なのは同じですね。あとは手を動かしながら考えるところも共通点です。

逆に「何から始めるか」と「どう具体化していくのか」の方法論は違います。

ビジョン思考の場合はキャンバスから始まります。そこには「理屈はないけどスペースがあるから表現したくなってしまう」みたいな話があると思っています。

でも、デザイン思考は目の前に課題をもった人(クライアント)がいて、その制約があることが前提になります。

つまり、ビジョン思考の根底には、誰からも求められていないことを自分の中で具体化する必然性があって、表現を通じて自分自身で気づいていくという流れがあるんです。

実は、これに気づいたきっかけが、独立してすぐにNTTドコモさんと一緒にやったドコモの新規事業のビジョンを作るプロジェクトでした。それこそ妄想からスタートして、引き出しながら現場で見えているギャップを考え、それを一人一人が絵にし、未来の日記を書きました。

そして、そのプロセスをデザイナーのビジュアライゼーションによって絵にすることで輪郭を与えていくようなプロジェクトでした。この方法論を具体化していったのが、ビジョン思考の元になったものなんです。

松浦氏 私は、BIOTOPEで正社員として働きながら、アーティストとしての活動をする時期には週2日勤務とさせて頂いています。アーティストとして自分の想いを形にしていく作業と、BIOTOPEではお客様の課題や議論を絵にしていくグラフィックレコーディングを行なっています。この二つのモードでは、全く違う脳をつかっているように思います。

実は、「ArtScouter(アートスカウター)」が生まれる過程でも、グラレコで関わらせてもらいました。プロダクトの企画やコンセプトを視覚化することで課題を抽出し、ブラッシュアップしていくお手伝いをさせていただいたんです。

このプロジェクトでは途中、どれだけ議論の様子を見ていてもグラレコで絵にすることができなくなってしまった時期がありました。プロジェクトリーダーの妄想からスタートしたビジネスプランでしたが、どのユーザーのどのような課題を解決するのかがその時点では曖昧だったのです。

あらためてメンバーがなぜこのサービスを生み出したいと思ったのか、どのように世の中を変えていきたいのかを話し合った結果、想いが具体化しサービスの絵が描けるようになりました。

経営者と現場のビジョン思考

― ビジョン思考に対する反応はどのようなものですか?

佐宗氏 ビジョン思考は今の経営者にとって必要なものだと思っています。社会モデルや経済モデルが激しく変わり、AIやIoT、ブロックチェーンなどのシステムが当たり前にある中で、自社の存在意義や生み出す価値、その根底にあるビジョンを再定義したいと考えている経営者がものすごく多いからです。

ビジョン思考って、実は経営者にすごく伝わりやすいんですよ。特に企業の経営者ってほとんどは、無意識にビジョン思考的な考え方を持たないとそもそも仕事ができないんです。ただ、日常でほとんど実践する余白がない、それを具体化するキャンバスが日常にないというのが現実的な感覚です。

もう少し言うと、「経営者」と「現場」はビジョン思考を持っている傾向にありますが、中間層はビジョン思考を持ちにくい場合が多いんです。でも、それって結局は組織の構図の問題で、中間層は今ある仕組みの中で上手く立ち回ろうとすることがミッションであり、経営者や現場は比較的自由に考えやすい環境にあるからこその違いでもあるんです。

― 今の時代にビジョン思考は有効だということですね。

佐宗氏 そう感じています。

ちょっと話がそれるかもしれませんが、特にこれからは国全体が人口減少という誰も体験したことがない時代に入っていき、テクノロジーの環境も大きく変わっていく中で、大きなパラダイムシフトの時代を乗りこなす経営者に求められるものは「変化し続けるネットワーク的な複雑なものに対処するための体感」ではないかと考えています。

かつて、産業革命以後のビジネスは、知財や工場、人材などを囲い込みながら規模を持ってもの作りを行うことが勝つ企業の条件だった時代がありました。それに対して今はというと、囲い込むのではなく、逆に世の中に散らばる資源を呼び寄せながら一緒にやっていく、ヒト モノ カネ チエを呼び込んでいくモデルの方がうまくいくわけですね。

それを僕は20世紀型企業と21世紀型企業と呼んでいますいます。この感覚はネットワーク的な社会の縮図であるSNSでの活動を体感的にやってきた人なら直感的にわかるのですが、SNSをやったことがない人は、絶対にわからないと思うんですよ。どんな時代に生きてきたかよりも、その体感を持っているかどうか重要だと思いますね。

話を戻すと、現場の人たちが自分の肌感覚で作り上げた未来のビジョンに、経営者が同期、インスパイアされ、自分の言葉で語ってストーリー化していくというのが大きな企業におけるビジョン思考の実践の仕方だと思います。

来たる「思想によって差が出る時代」のオフィスのあり方とは?

― その意味では、オフィスという場所も、会社のビジョンを体現する1つのツールのように感じます。「場づくり」について、経営者でもある佐宗さんはどうお考えでしょうか?

佐宗氏 オフィスは、非常に重要ですが、それはビジョンというよりは、自分たちの価値観・世界観を体現する場だからですね。ミッション・ビジョン・バリューでいうと、バリューの表現の場だと思っています。

うちのオフィスでは、BIOTOPEという新たなものが生まれてくる生態系というイノベーションを生む上で一番大事にしたい価値観を表現した絵をイギリス在住のアーティストに描いてもらい、オフィスにも飾っています。

ビジョン思考では自分の妄想や直感をキャンバスにぶつけていくことが大事だという話をしましたが、それを行っていくにあたっては、「場」やその世界観が非常に大事だと思っています。

BIOTOPEを例に挙げると、働き方がすごく自由で、社員の契約の仕方も様々です。そういう組織だと、「行きたい」と思えるような求心力のある場所でなければ、そもそも成り立たないんですね。

じゃあそのための一番の条件が何かといえば、「人」なんです。では人が集まるにはどうしたらいいか。それは知的で居心地が良くて、創造性が喚起される場所であることが、今の時代は重要だと思います。

― 最近はカフェのようなオフィスが増えてきたようにも思います。

佐宗氏 人が交わり、知識がぶつかる場所で創造を起こしたいというのが、最近の流れですよね。でも、今はどこにでもカフェのような場所があるじゃないですか。カフェのようなオフィスがコモディティ化したあと、次に何が求められるようになるかというと、「自分が自分らしくいられたり、自分を深掘りできる場」が大事になるのではと思っています。

自分にとって居心地が良いだけでなく、自分の価値観と合う人がいたり、場所そのものが自分と同じような思想を持っている場所が行きたい場になってくるのではないかと思います。つまり、次にやってくるのは「思想によって場の吸引力に差が出る時代」だと考えています。

だって、我々の身の回りを見渡しても、すでに同じ商品・サービスであっても、思想のあるものとないものが見えてしまいますよね。価値観の根っこがある、思想のあるものには共感が集まる時代になっているのは明らかです。その流れを考えると、思想を表現できるメディアが絶対に必要になります。

ビジョンを持つ会社が増えれば増えるほど、自分たちのいる場所に思想をこめたくなる。じゃあどうするか。その時に有効なのが、アートを活用することではないでしょうか。

また、ここ数年で日本がヨーロッパ化してきていると感じます。つまり、国としてある程度成熟し、量的成長への欲望がなくなりつつある中、「文化」や「役に立たないもの」を楽しむ感覚が今の時代には必要です。そういう流れもあって、アートが多くの人に注目されるようになってきているのではないでしょうか?

アートは歴史的に一部の上流階級のサロン的なものであり続けた過去があると思うのですが、より多くの人に求められる中で自分の感性という「自分を取り戻すメディア」として今後はより求められていくようになるのではないかという肌感覚を持っています。

皆が主観で話せるオフィスをもっと作るべき

佐宗氏 オフィスとアートについて考える際、ついて回る問題の1つに、切り替えの話があると思います。オフィスという場所が持っている「誰かの役に立つ・役割を演じる」というような特性と、「自分の好きなことを言う・やる」場所であるという切り替えをどうするか、ということです。

そのポイントとなるのが「主観」ではないでしょうか。日本人は、周囲に合わせたり慮ることができるため、主観で話さない傾向がありますよね。嫌なことがあっても「嫌だ」とはなかなか言いません。そうではなく、まずは「主観で話して何でダメなの?」という思考に変えていくことが、最初のステップだと思います。

― そのための方法論があれば教えてください

佐宗氏 ジャーナリングと呼んでいますが、自分の感じたこと、思ったこと、考えたことなどを一日に5分でいいので書き留める行為を続けることです。頭の中でさっと処理してしまっていることを、一回自分の感情モードに変える時間を作ることが非常に大事です。

あとは、自分が「いいな」「美しいな」と感じたことを記録していく意味で、イメージコラージュを写真に撮って残しておく行為も有効だと思います。例えば「Instagram」に撮った写真を貯めておくのはいいかもしれません。

ただ、その時に「いいね」を取りにいこうとすると、本来の目的とは真逆の「他人の感性に合わせていく行為」になってしまうので、気をつけないといけません。別のアカウントを作って溜めるだけの場所を用意するなど、目的を見失わないように気をつけてください。

― 佐宗さんが考える「アートの可能性」とは?

佐宗氏 アートは感覚で接するものですよね。感覚とは言語化される前の自分だけがわかるものであり、そこに触れるからこそ、自分自身を感じることができるのではないでしょうか。

その感覚を言語で発したら、その時点で言葉の枠にとらわれてしまい、自分だけのものではなくなります。コミュニケーションは大事ですが、言葉にはそういう呪縛があるように思います。そういう意味で、アートとは、見ることで「自分モード」になれるメディアなのです。

よく「アートは歴史解釈ができていないとダメだ」みたいに言われますが、そうではないと思います。その作品がいいと思えなかったとしたら、なんでそう思ったのか、逆に何を感じたのかが重要であって、そこに「自分モード」になるためのヒントがあるのではないでしょうか。

自分モードを触発するという意味では、やっぱり場所も重要だと思います。当社の世界観を表現するためには、事務所を置いている世田谷区の瀬田という場所はぴったりでした。私の考えでは、デザインやファッションは都心の環境が向きますが、アートは自然に囲まれた場所の方が触発されるように思います。

― 最後に、アートが果たせる役割についての考えを教えてください

佐宗氏 日常の環境をインスピレーションが得られる場にするとか、インスピレーションを形にするキャンバスを用意しておくという意味で、アートとか環境デザインというものが、会社のプロセスや仕組みを作るのと同じように大事な時代になっているのかなと考えています。

「オフィスをカフェっぽくする」ようなものが画一的になってくる中で、経営者のビジョンを反映したり、その場の思想や個性をより表現していくためにオフィスにおけるアートの価値が注目されてくると思います。


BIOTOPEという社名の由来にもなっている「多様な生き物が生息する場所から新しいイノベーションが生まれる」という世界観を表現したイラストは、イギリスブレイトン在住のアーティスト、
Grace Helmerさんに頼んでオリジナルで描いてもらったもの

文 志村江 / 写真 吉田和生

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