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アール・ヌーヴォーとクリムト
-世紀末ヨーロッパと現代日本社会 新時代の幕開け-

2019.06.10

ビジネスとアートの関係に関心が集まっていますが、「アート」についてみなさんはどれくらいご存知でしょうか。

2017年に発売されて話題になった、木村 泰司 著『世界のビジネスエリートが身に着ける教養「西洋美術史」』 (ダイヤモンド社、2017年) のとおり、欧米において美術史はエリートの必須教養とされています。

日本では、「アート」「美術史」というと敬遠されがちですが、実は展覧会には恵まれている国です。ART HOURSでは、皆さんに馴染みのある展覧会で扱われているテーマと絡めながら、美術史を紹介していきます。

知識がすぐに役に立つということはないかもしれませんが、明日オフィスで同僚や取引先に話したくなったり、休日美術館に行ってみようかと思ったりしていただけるような内容を発信していきます。

アートを通じて、当時の社会背景や価値観、文化を体系的に学ぶことは、皆さんの日々にちょっとした変化や気づきを与えてくれるはずです。

アール・ヌーヴォーとクリムト

今回は第一弾として、グスタフ・クリムトと、彼が活躍した19世紀末の芸術アール・ヌーヴォーについて紹介します。

グスタフ・クリムトは、「クリムト展 ウィーンと日本1900」「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」など同時期で展覧会が開催され、注目を浴びている芸術家でもあります。

また、作品を通じて当時の社会背景を学びながら、現代日本社会との共通性を探っていきます。

①アール・ヌーヴォーとは

アール・ヌーヴォー(仏語:Art nouveau)は、19世紀末に全ヨーロッパで流行した美術運動です。

東洋的・植物的モチーフや有機的な自由曲線による装飾性、鉄やガラスなど新素材の利用などを特徴とした、従来の価値観や様式にとらわれない、その名のとおり「新しい芸術」様式でした。

Alphonse Mucha アルフォンス・ミュシャ 《 Zodiac 黄道十二宮 》1896年

代表的な芸術家として、グスタフ・クリムト(1862-1918年)以外にも、アルフォンス・ミュシャ(1860-1939年)、エミール・ガレ(1846-1904年)などがいます。一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。

アール・ヌーヴォーは、これまでの芸術に対抗していく形で、国境を越えてヨーロッパ全土に起こりながら、ドイツでは「ユーゲントシュティール」、イタリアでは「スティーレ・リバティ」、スペインのカタロニアでは「モデルニスモ」など、各国の特色に合わせた形で独自に展開していきました。

ウィーン版アール・ヌーヴォー(またの名を「ウィーン世紀末」)を推し進めたのは、クリムトが創設した芸術家集団「ウィーン分離派」でした。

②グスタフ・クリムトについて

「時代にはその時代の芸術を、芸術には自由を」-グスタフ・クリムト(1862年7月14日-1918年2月6日)は、アール・ヌーヴォーの代表的な芸術家であり、「ウィーン分離派」の創設者。

アール・ヌーヴォーらしい華やかな装飾性と官能性をあわせもつ作風が特徴とし、これらの装飾性や金箔を多用した色彩、独特の構図やポーズはジャポニスムの影響を受けたといわれています。生涯を通じて、生と死、女性、エロスを主題とした作品を多く描きました。

Gustav Klimt グスタフ・クリムト 《 Portrait of Adele Bloch-Bauer I  アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I 》1907年

アール・ヌーヴォーが内包する二面性

クリムトをはじめとしたアール・ヌーヴォーの作品をみると、華やかであるのに、どこか退廃的という矛盾した印象を受けるかもしれません。

この二面性には、まさに19世紀末のヨーロッパを生きた人々の心象がそのまま反映されているのです。なぜこの二面性が生まれたのか。当時の社会背景を考察しながら、現代日本との共通点を探っていきます。

①装飾性と有機的な美

クリムトをはじめとするアール・ヌーヴォーの作品をみていると、とりわけその装飾性に目がいきます。

Gustav Klimt グスタフ・クリムト 《Der Kuss 接吻》 1907-1908年
Alphonse Mucha アルフォンス・ミュシャ 《Biscuits Lefevre Utile 
ルフェーブル・ユティル・ビスケットのためのポスター 》1896年

花や植物のモチーフを主とした有機的な曲線の組み合わせは、当時の社会背景が関わっています。

産業革命の結果、これまで人の手でつくられていたものが機械にとって代わり、大量生産が主流になりました。

一度に膨大な量、なおかつ均質性が担保された物を生産するには、その物の形態を簡素になおかつ効率的につくれるようにする必要があり、その過程で手間とコストのかかる装飾は削ぎ落とされていきました。

アール・ヌーヴォーの芸術家たちは、かつて存在した装飾性を取り戻そうとしたのです。

また、こうとも考えられます。

人の手で行なっていたものが機械で完結できるようになり、「はたして人間ができることはなにか?」という問いが生まれ、人間の存在意義を“創造性及び芸術性である”と考えたからこそ、彼らは装飾性を取り入れたとも考えられるのです。

こうして、技術進歩の過程で、物理的にも精神的にも失われた芸術的な豊かさを取り戻そうとした結果、アール・ヌーヴォーの装飾性が生まれました。

②幻想世界へと誘う退廃性

アール・ヌーヴォーでは、生死やエロスへのこだわり、社会通念から逸脱した神話・寓話的モチーフを主題とした作品が多く描かれました。

クリムトの作品にも、神話的モチーフがよく登場します。

Gustav Klimt グスタフ・クリムト《 Judith and the Head of Holofernes ユディトⅠ》1901年

このように、クリムトは余白を埋め尽くすように、ふんだんに金や装飾を用いました。彼は主題のみならず、異常なほどの平面化により遠近感を失うことで、観る人々に現実離れした幻想的な印象を与えているのです。

19世紀は美術史上最大ともいえる転換期を迎えた時代でもありました。芸術が「公的」な活動とされ、歴史・宗教・神話などの特定モチーフが描かれた従来のアカデミック絵画から一変、モネやルノワールなどの印象派の台頭により、芸術は「個人」の活動とされ、作品には個人の内面が反映されるようになりました。

では、神話的モチーフへの傾倒と異常なまでの平面化は一体何を表しているのでしょう。

おそらく、旧来の価値観からの脱却を目指しながらも、新しい時代へ変革することの不安を捨てきれずにいた内面が反映されているのだと考えます。

そして、当時の人々は幻想や神話などの心象世界を不安からの逃げ場所として表していたのかもしれません。

新しい時代の幕開け -人間への「回帰」-

アール・ヌーヴォーのきらびやかな装飾性と退廃性という二面性は、19世紀末ヨーロッパの社会において揺れ動く人々の内面を反映し、生まれたものだとわかりました。

新しい時代への変革を迎えようとしながらも閉塞感が漂う19世紀末のヨーロッパは、まるで、さまざまな分野での人工知能の活躍を期待する一方で、人間の能力が陳腐化し、失業者があふれるのではないかなど、漠然とした不安が社会を覆い始めた今の日本を彷彿とさせます。

また、失われた芸術性を取り戻そうと装飾性をとりこんだアール・ヌーヴォーの画家たちの姿は、人工知能の発達により、「人間の存在意義とは何か」という問いに直面している日本において、旧来の価値観や考え方では太刀打ちできない予測不可能な時代に”アート的思考”や”クリエイティビティ”を求める私たちと重ならないでしょうか。

技術の進歩による新しい時代の到来は、人間が人間として回帰する時代の幕開けでもあるのかもしれません。

文 N.K by ArtSouter事務局

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