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文化庁がすすめるアートプラットフォーム事業とは?
-アートの「保護」と「活用」
文化庁 文化経済・国際課 林保太

文化庁 文化経済・国際課  課長補佐
林 保太さん


文化を「守り」、「活用」する

―まず、アート分野における文化庁の役割を教えてください。

林さん 明治時代に西欧文化が入ってきた時に、日本社会の価値観が大きく変動し、廃仏毀釈のような、それまでの文化を否定するような運動がおこりました。

その際に、主に古社寺が持っていた宝物、仏像、建造物などを守ろうという意図で始まったのが、現在の「文化財保護法」に受け継がれている活動です。これが文化庁の起源であり、アイデンティティと言えます。日本文化を象徴するような作品を特定し、文化財として手厚く守っていくために、手を尽くしてきました。

一方、その時代を生きているアーティストに対しては、文部省展覧会(文展)を起源とする公募展を通じてその活動を奨励する、といった取り組みを行ってきました。

しかし、「文化財保護」というアイデンティティの方が強く、これまではどちらかというと文化財を保護することに軸足がありました。「保護」という言葉には「保存」と「活用」の両方の意味がセットになっているんですが、これまでは「保存」の傾向が強かったと思います。

それから、第二次世界大戦以降の日本は、高度経済成長に支えられて経済的に余裕があり、文化的な活動は企業や個人のある種の余剰で支えられてきたという側面があったと思います。

しかし、現在はそういう状況ではなくなってきているので、国としても文化財を活用しながら残していこうという方向性になってきました。同時に、これからの日本の文化を活性化していくためには、現代アートを含め、そこに携わる人たちを支える経済的な基盤としてのアート市場の活性化が必要だと考えています。

―守るだけでなく、アート、文化の活性化にも力を入れていくという流れがあるんですね。

林さん はい。そこには日本の経済的な事情もあります。国として成熟期に入り、また、少子高齢化社会を迎えて人口も減っていくなかで、これからの日本経済にとって観光が重要な産業になっていきます。

文化庁は、文化政策としてマーケットのことを考えることがずっと弱かった訳ですが、2000年以降の世界経済の拡大により、世界のアート市場が成長し、アートそのものへの関心も高まっている今、観光のコンテンツとして文化的な資産もうまく使っていきましょうという流れが出てきました。

その流れは現代アートにおいても同様で、訪日外国人旅行者のなかには今の時代を反映したアートを求める人たちがたくさんいますし、今の日本のアートが見たい、という声は前々からあるんです。

それをどうやってまとめて見られるようにして、観光のコンテンツにしていくか、という課題への対応はまだまだこれからですが、今までできてこなかった取り組みを進めることにより、アートの持続的な振興につながる循環を作っていきたいと思っています。

現代アートをサポートするプロジェクトが始動

―そのひとつが、文化庁が始めた「アートプラットフォーム事業」ですね。

林さん そうですね。これまで文化庁は過去の方を向いた、文化遺産の保護・保全に力を入れてきましたが、日本のアートや文化のすそ野を広げ、持続可能にしていくためには、今、日本で活動するアーティストがこれから将来にわたって日本で食べていける状況を作る必要があると考えています。

そのためにどうするかを考えると、日本人は、欧米で評価されると自らも評価する傾向があることを逆手に取って、日本のアート、日本のアーティストの国際的な評価を高めていくことが必要だし、有効だと考えています。

そのためには、日本からの積極的な情報発信が欠かせないのですが、これまで、日本の現代アートについての情報の取り扱いがあまりにも閉鎖的で、海外からのアクセスが難しいと以前から言われていました。

また、日本のアーティストが国際的な評価を得るためには英語での発信が必要です。特に現代アートは英語でやり取りするのが当たり前の時代で、重要なテキストの英語での発信が不可欠です。

また、日本国内のどこに何があるのかを可視化することや、それらの情報発信のベースになるウェブサイトの構築、そして、それを土台にした評論活動、展覧会活動を支えていこうという活動がアートプラットフォーム事業です。

―現代アーティストに焦点を当てた、これまでにないプロジェクトですね。

林さん これからの日本のアートを考えると、たくさんの活動のなかから、多くの作品が作られるという状況を作らなければ、海外から注目されるアーティストや、国際的に評価される作品も生まれないと思うんですよ。

これは科学技術と全く同じで、すぐに効果が見えないけれども種を蒔くような研究費の投下あって、沢山の挑戦の中からノーベル賞を受賞するような優れた研究が出てくる訳です。

すそ野が広いほど、頂点も高くなる、ということはどの分野でも同じでしょう。現代アートに関しては、種を蒔いて育てるような土壌が充分になく、国際的な日本のアーティストは自ら海外に出て国際的な評価を獲得するか、最近は海外から価値付けられることで生まれてきたという現状があります。この状況を変えていく必要性を強く感じていて、まずは、その土壌を整えようということです。

―日本のアートを発信するうえで、解説や批評の価値について、どう考えていますか?

林さん 現代アートに限りませんが、日本の文化を発信する時に、海外の人が納得するような深みのある日本文化としての解説がとても重要だと思います。

例えば、日本の手仕事は、完成品だけを見せても、その良さはなかなか伝わらないと思うんですよ。作者がどんな意図でなにを表現しているのか、日本の文化と歴史を背景にした説明とプロセスを見せることが、今後すごく大切になると思います。

一方で、日本文化は重層的で、語れることはたくさんあるはずなのに、戦後の日本人自身が生活の中であまり触れずに来てしまったために、的確に伝えらえる語り部が少ないという課題があります。そういった役割を担う存在としてギャラリーや批評家の役割は非常に大きいと思います。解説や批評も重要なのです。

アートマーケットを刺激するための振興策

―ほかに、どのようなアート振興策を考えていますか?

林さん 一昨年から、今まで文化庁が政策ツールとして重要視してこなかったところで制度を作るようなことを始めています。例えば、今年の4月から新たな税制優遇が始まりました。

文化財保護法が改正され、保存活用計画を作ることになりました。その計画をつくる際、価値の高い作品(国宝・重要文化財または登録有形文化財(美術工芸品))を持っている個人が、美術館に作品を長期寄託(5年以上)し、計画に盛り込んだ形で認定を受けておけば、相続が起こった時に、通常なら相続税を納めなければいけないところ、8割を猶予する制度ができたんです。

相続税の猶予は、これまでは中小企業や農家などで相続が発生した時に「即時納入では生活ができなくなる」という理由で、事業を継承する場合に認められてきた制度です。そのなかで、個人が持っている文化財を美術館に預けて公開することに公益性を認めて税の支払いを猶予するという制度は過去にないもので、とても大きな一歩です。

もちろん、それで十分だとは思っていません。アメリカでは、所有作品を美術館に寄贈した時、作品の時価で税が控除されるような税制優遇制度があります。こういう制度があれば、アートを購入しようという人が増えてアートのマーケットが刺激されますし、美術館のコレクションが充実して、観光のコンテンツにもなるでしょう。資産としてのアートの価値を認めてもらえるよう、さらに努力をしていきたいと思っています。

変わり始めたアートと企業の関わり

―海外では「1%フォー・アート」という活動を法制化している国もありますね。

林さん 公共建築の建設費の1%を、その建築物に関連する芸術・アートのために支出しようという制度ですね。これは与党のなかの調査会でも必要じゃないか、という声が上がっています。日本においてどのように制度化するかまだ議論が深まっていませんが、まったく俎上に上がっていないわけではありません。 また、「文化銘柄」という形で企業の文化に対する活動を後押ししていく、というアイデアも検討しています。

―日本のアートのすそ野を広げるために、企業の役割も大きいと思いますか?

林さん はい。従来のメセナ活動とは別に、本業に近いところで文化やアート、デザインとのかかわりを持ち、本業自体をよくしようという流れが少しずつ出てきていると思います。

これまで日本のプロダクトは機能性を追求するものが多かったと思いますが、国内の市場が縮小し、グローバルで勝負する時代になって、今までにないサービスや製品を生み出すために、アート的な思考、アーティストの表現、感覚が注目されているのだと思います。

欧米のブランドメゾンはそのことが良く分かっていて、以前からその点に力を入れています。彼らは現代アーティストへの支援を惜しみません。最近は日本でも、企業とアートの距離が近づいてきていて、企業活動のなかにアートを取り入れるような胎動を感じます。我々はそれを歓迎、奨励していますし、アートに投資する企業の活動が文化に還元されるサイクルを作っていきたいですね。

文 川内イオ / 写真 吉田和生

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