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アートでクリエイティブな
発想力を鍛える
—東京大学大学院 教育学研究科・情報学環教授 岡田 猛

2019.4.22

東京大学大学院
教育学研究科・情報学環教授
岡田 猛 さん

カーネギーメロン大学大学院博士課程修了。Ph.D.in Psychology. 名古屋大学大学院教育発達科学研究科教授を経て、現在、東京大学大学院教育学研究科教授。創造的認知プロセス、特に芸術創作の場において、アイデアが生まれ、形になっていくプロセスや、その教育的支援について研究を進めている。編著に「触発するミュージアム:文化的公共空間の新たな可能性を求めて(あいり出版)」など。


美術鑑賞は表現の触発に大きな影響を与えている

― 先生の研究テーマについて教えてください。

岡田先生 大きく2つの側面からアートに関する認知科学の研究をしています。1つが創作・鑑賞のプロセスがどのようなメカニズムで成立しているのかを明らかにすること。もう1つが、そこでわかった成果をもとにして、芸術の創作や表現、鑑賞を促進するような教育プログラムを作ることです。

教育に関しては、学校の授業のような組織化・構造化されたフォーマルな学習場面よりも、学校の外で学ぶインフォーマルな学習場面に焦点を当てて、例えば美術館やミュージアムのような場所でワークショップの実施などを進めています。

そうした実践研究をもとに、美術作品と触れることで新しい表現が触発されるような「触発と創造のための鑑賞方法」を提案しています。

このテーマに関する2019年の論文では、美術活動経験が表現への自己評価を高め、それによって作者の表現と自分の表現との比較を伴うような美術鑑賞過程が促進され、表現の触発が起こるということを明らかにしました。美術鑑賞は表現の触発に大きな影響を与えているのです。

(参考)「絵画鑑賞はどのように表現への触発を促進するのか?」

アートは人を自覚的にし、人の表現に大きな影響を与える

―アートを見ることは、我々に何を及ぼすのでしょうか?

岡田先生 アートを見るという行為が、ただ作品の前を通り過ぎるのではなく、近寄ったり遠ざかったりしながら見たり、誰かと話しながら見たり、我々の研究の中では踊りながらみたり、見た後に哲学対話をしたりと、アクティブなものである場合、実は表現と鑑賞の距離はそれほど離れていないことがわかっています。それを前提にすれば、アートを見ることでいろんな効果が期待できます。

例えば写真表現のワークショップだと、有名な写真作品に限らず、自分の撮ったものや他人が撮ったものをたくさん見るうちに、人はだんだんと「この景色は絵になる」とか「撮るならこういう角度で撮ってみたい」というようなことを意識し始めます。

ダンスのコースでも、自分が踊ったり他人の動きを見たりしているうちに、「目の前のものを取るときにこのように手を延ばしたらどういう感覚になるだろうか」とか、「これをどうやって見せたら面白いだろうか」といったことを考えるようになります。つまり鑑賞と表現が自覚的になるんです。

この自覚性が非常に重要です。表現の自覚性ができてくると、仮に自分で撮影した写真をSNSにあげる場合でも、「自分は何を撮りたいのか」という表現目的と「それをどう表現したらいいのか」という表現方法のマッチングを考え始めるようになります。

特にアートの場合は、自分の感情や知覚の体験などに目を向けてそれを表現していくことが多いのですが、自分が何にワクワクしていて、何を伝えたいと思っているのかを自分で探していく行為につながっていきます。

―アートの何が自覚的にさせるのでしょうか?

岡田先生 人は夕日を見ても美しいと思うし、絵を見ても美しいと思うでしょう。では両者に何か違いがあるかというと、アートは作品の背後に「人」がいるんです。それを作った人がいるということです。

アートを見ることで「面白そうだから自分も同じことをやってみたい」「自分だったらこうするのに」というように自分と他者の比較を通じ、自分の人生と結びつける作業をするようになる。つまりそれは、ある意味で人と人とのコミュニケーションの一つの形態なのです。

人間は動物と違って、イマジネーションの力を持っています。「ないもの」を思い浮かべることで創造につなげられ、創り出したものを通じてコミュニケーションを取ることができます。

その意味で、アートの基本にはコミュニケーションが間違いなくあって、アートに触れるということは、作品という外的表象を通して作品の背後にある人に触れることなんです。

世界で注目を集めつつある
「Arts-Based Education」

ではオフィスにアートを飾ろうという場合に、どういう視点を持つべきでしょうか?

岡田先生 まず、「何のために」を考えないといけません。直接的に絵があるからといって商売が繁盛するなんてことは考えられませんから、絵にどのような機能を求めるかを考えるべきです。

一方で、同じ絵であっても見る時間やシーンによって違った経験をもたらす場合もあります。海外だと「トイレや玄関に飾りたいから」などとアートフェアで気軽に絵を買う人をよく見かけるのですが、それがまさにそういうこと。

毎日の生活の中で絵が目の端にふと入ってくるだけでも、「やっぱりいいなあ、ほっとするなあ」などの感情は折に触れて起こり、少しずつかもしれませんが生活が微妙に変わっていくのです。そういう意味で、アートがオフィスにあるだけでも、長期的には感化されることもあるはずです。

東京大学大学院 教育学研究科 博士課程
松本 一樹さん
東京大学大学院 学際情報学府
文化・人間情報学コース 博士課程
すみだ国際美術館 学芸員
古藤 陽さん

松本さん 私は「感動」について研究しています。

例えば、一般の人に創作折り紙を見せてどう評価するのかを実験したのですが、普通に見るだけよりも、事前に折り紙の創作経験をした上で鑑賞したときの方が、感動や気づきが深くなるんです。

これをオフィスでの触発に応用して考えると、作品選びは見る人にとってあまりにも遠すぎるものよりも、例えばデザイン系の職種であれば、デザインの工程について想像を広げられるような作品をオフィスに置くなど、どこか身近な側面を持った作品をその場に合わせて選んだ方が引き出しは多くなるように思います。

岡田先生 それはつまり、「文脈も含めた文化」に触れるということだと思います。

アメリカにオフィスにアートを飾る会社が多いのは、その会社がどういう文化を持っているかを示すことに価値を置いているからでしょう。

古藤さん ものを見ることに自覚的になるという意味では、美術館は恵まれている環境です。にも関わらず、数十秒見て、「よし、見たぞ」と通り過ぎてしまうような人がほとんどです。

美術館であってもそうなので、オフィスという環境を考えると、置かれている作品を見ることを促すために、何か少し工夫があると良いかもしれないなと思いました。

岡田先生 その1つとして、例えばワークショップなどと組み合わせる方法は効果があると思います。

例えば私も、難解なマルセル・デュシャンの作品の前で創作ダンスを作るワークショップに参加したときには、最後には「これは自分の作品だ!」みたいな気持ちになったんですよ(笑)

先生の研究を引用された佐宗邦威さんの著書『直感と論理をつなぐ思考法』では、ちょっとした創作活動に関わることで、美術自体の経験がない人でもクリエイティブな発想ができるようになるという話が書かれていて、とても勇気付けられたのですが…

岡田先生 アートに基づいて何かを学ぶという「Arts-Based Education」が最近、海外で注目を集めています。

哲学や歴史や科学などを学ぶときに、テキストを読んで議論するという形式の授業の中に、ダンスをしたり絵を描いたりする芸術行為を取り込むことでいろいろな変化が起こるというもので、一番大きく変わるのはその学問の内容について「自分ごと」の感覚が持てるのだと。

それは、「今ここで」起こっているアートという表現に携わることによって、その学問の対象の現場に「自分がいる」という意識が強くなるからではないでしょうか。

今の日本は、みんなが評論家で、例えば政治のニュースひとつひとつが自分に関わってくるんだと結びつけられない人がたくさんいます。「自分ごと」にできなければ、社会は変わりません。

そんなことを考えると、アートを通じて社会と関わっていく方法はまだまだあるなと感じています。今後も、アートを使ったワークショップの開発など、教育現場や企業との取り組みを通じ、もっとダイレクトに社会に働きかけていければと思っています。



文 志村江 / 写真 吉田和生

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