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医療の現場で発揮されるアートが持つ効果とは
—四国こどもとおとなの医療センター 森様

オフィスにアートを導入することの効果はまだまだ実証されていません。しかし、香川には医療の現場で10年も前からアートを取り入れて成果をあげている病院があります。ホスピタルアートの先進事例として全国的に有名な四国こどもとおとなの医療センターの森様にお話を伺いました。

四国こどもとおとなの医療センター専属アートディレクター
特定非営利活動法人アーツプロジェクト 理事長
森合音さん

1972年徳島県生まれ。1995年大阪芸術大学写真学科卒業。2003年、心筋梗塞で夫を亡くす。夫の遺したカメラで2人の娘の日常を撮った「太陽とかべとかげ」で2005年富士フォトサロン新人賞を受賞。2005年に「Edge―境界」でエプソンカラーイメージングアワード・エプソン賞受賞。2008年より香川小児病院(2013年の統合により現在は四国こどもとおとなの医療センター)でアートディレクターを務める。

-当院でアートディレクターをご担当されるようになったきっかけは?

森さん 10年前に私自身が「心の痛みとアート」をテーマに写真家として活動していたころ香川小児病院(現・四国こどもとおとなの医療センター)の中川義信院長に偶然取材したのがきっかけです。

私がアートの持つ可能性をお話ししたら、院長にすごく興味を持って頂いて、「この病院でチャレンジしてみないか」とお誘い頂いたのです。

そもそも院長がアートの可能性に理解がある方で、私がお会いする以前から白衣をやめてキャラクターもののユニフォームを着るなど新しい取り組みをされていました。

子どもたちは白衣を見るとそれだけでドキドキしてしまって検査に時間がかかってしまいます。白衣をやめるだけで時間の短縮ができる、そんなアートのもつ機能性に気づいておられたのですね。

当院のホスピタルアートはどのようにスタートしましたか?

森さん 最初の作品は楠の壁画でした。アーティストがすべてを描くのではなく、アーティストが監修をして、壁画を描くのは院内のスタッフや患者さんとボランティアの参加型にしました。

初めは、院内のスタッフも「いったい何を始めたんだろう?」と遠巻きに見て、明らかに混乱しているようでした。「何か変なことを始めたぞ」って(笑)。

ですが、壁画ができあがってくると、一体感が生まれ、その効果が伝わってきました。

その楠の壁画は小児科の児童思春期病棟で描きました。以前は、イライラを抑えられない子どもが壁を叩いて壊してしまうことが何度もあったのですが、楠の壁画ができてからはほとんどなくなったのです。

すると他のフロアの看護師長さんからも、自分のフロアでやってみたいとおっしゃって頂けるようになりました。病院の内部から自発的にやりたいと言ってもらえるようになったのです。

その後も、院内ポスター、パンフレット、ホームページの改善から新人教育まで、様々なお題を頂いてはアートの力でお応えしています。

当院でのホスピタルアートはどのような位置づけですか?

森さん 患者さんや付き添いの方にとって、普通、病院に滞在する時間は短ければ短いほどいいと思いますよね。ずっといる場所ではないからなるべく深く考えないようにして早く忘れたいと思われています。ややもすると治療をするためだけの工場のような場所に捉えられてしまうかもしれません。

けれど、子どもが不安に思うような場所だからこそ、人が癒される場所にしたいと思っています。

当院のホスピタルアートは3つの役割を持っています。「理念の顕在化」と「業務改善」と「社会包摂」です。

「理念の顕在化」とは、病院の理念だけでなく現場で働くスタッフの想いも含めてアートで表現しています。

成育エントランス。時計は上のレールをくるくるとまわり、柱には子どもが隠れるスポットも。
成人エントランス。和紙を皆で張り付けてぬくもりを感じる灯りに。

「業務改善」は先ほどのキャラクターのユニフォームを着ることで子どもの不安が減り検査時間が短くなるといったアートに機能性を持たせるということです。

よく、課題を解決するのがデザインで、問いを発するのがアートだと言われることがありますが、私は明確には分けられないと思っています。

機能性を持たせたアート
高齢の方には「次は放射線だからR1の看板の方へ」と伝えるより「花がついている看板の方へ」
と言った方がわかりやすい

「社会包摂」とは少し専門的な言葉ですが、病気や痛みを抱えた方が排除されたり、疎外感を感じさせられたりすることなく、“一緒にアートに取り組む”ということを意味しています。

例えば、院内には壁の小さな扉を開けるとプレゼントが受け取れる場所が19ヵ所あります。プレゼントを受け取った患者さんは、誰かが自分のことを気にかけてくれていることを感じて疎外感から解放されます。

院内19ヵ所あるプレゼントの壁
全国から郵送で届く手作りのプレゼントは誰でも持って帰ってよいことになっています

一方で、実はこの手作りのプレゼントを作ってくれているのも元患者さんだということが多いのです。誰かが喜んでくれることが作る側のケアにもなっている、自分がやったことで自分が救われています。つまり励まし合う環境になっています。

これは四国のお遍路さんへのお接待の文化にもつながると考えています。お接待はお遍路さんへ与えることで、功徳を得ている。つまりお接待する側も与えられているのです。

1階にはボランティアスタッフの写真を掲示。90歳以上のボランティアスタッフも!

当院でのアートディレクターとはどういうお仕事ですか?

森さん アートの制作はアーティストと病院だけの話ではなく、設計士やゼネコンの方など様々な異業種の方に協力して頂くことになります。病院の理念や現場で働くスタッフの想いを汲み取り、設計士に繋げて形にするのがアートディレクターの役割です。

例えば学芸員との違いで考えると、学芸員の方は、ホワイトキューブとよばれる美術館のような空間で、一定の期間作品を展示することが仕事になります。現代アートに流れるコンテクストを理解して評論し、アーティストの考えをそのまま表出することに取り組んでおられます。

一方で、アートディレクターは、まず、その「場」が潜在的に抱えている問題、課題を表出してもらい、そこへのアプローチとしてアートを取り入れます。アーティストには課題の解決のメンバーとして入ってもらいます。基本的には決められた期間はなく、一度展示したらずっと責任を持ち、メンテナンスも安全面にも注意が必要です。

アーティストはその時々のニーズに合わせて、もともと知っている方を選ぶときもあれば、地元の美術館やギャラリーにご紹介をお願いすることもあります。

重要なのは、アートはアート単独で成り立つものではないということです。ホスピタルアートを制作するときは、その場所の環境だけでなく、医師や看護師にも心底向き合います。

良い治療を提供するには、患者さんだけでなく、医師や看護師のケアも必要とされているのです。人間としてのつながりを生む、アートだからできることがあると思っています。

患者さんは病室に飾るアートを選ぶことができると聞きました

森さん アート作品は300点用意していまして、以前はボランティアのSEさんに絵画管理のソフトを作ってもらって、何号室にどの作品を飾っているか把握できるようにしていました。これは素晴らしいシステムですが、実際に運用してみると、痛みを抱えている方が300点の中から選ぶのは大変ですし、時間がとてもかかることがわかりました。

今は、ボランティアスタッフが5枚の作品を患者さんに持っていき、好きな作品を1枚選んでもらうようにしています。このアート作品を選ぶときに会話をしてコミュニケーションが生まれることが重要ですね。

ボランティア室のアート作品

アートを導入した効果を定量的に測定するようなことはありますか?

森さん アートの効果についてエビデンスをベースにした活動にはしていません。そこは役割の違いだと思っています。それでも、10年前に比べてあきらかに院内の理解と協力が深まっているのを感じています。

また、NHKで放送されていたように(※)海外の病院では具体的に数値を測量しているケースがあるのはとても興味深いと思っています。

NHKクローズアップ現代「世界が注目!アートの力  健康・長寿・社会が変わる」2018年10月17日 

現在、私は特定非営利活動法人アーツプロジェクトの3代目の理事長も務めていますが、初代理事長の岩屋啓子さん、2代目代表の森口ゆたかさんは、もともとイギリスの病院にアートが多いのに日本の病院にはないことに疑問をもって、帰国されてから活動を開始されたのです。海外の病院は、もっとアートの活用が進んでいるようですね。

3階リハビリセンターに向かう通路には音楽家で事故により記憶を失った経験をもつ
GOMAさんの作品が。
制作エピソード:2019年の年末年始に1週間をかけて制作されました。GOMAさんはこの場にきてリハビリのつらさを思い出したそうです。病院は休みでしたが、産科も同じフロアということもあり、出産後の幸せそうな皆さんが制作中のGOMAさんに、がんばってと優しい声をかけてくれました。もともと太陽の光と月の光の大と小の作品を予定していましたが、皆さんの励ましにより『HIKARI』No1とNo2の大きな2作品が出来上がりました。
ドットのひとつひとつに立体感があり近くで観ると力強さを、離れて観るとやさしい癒しを
感じられます。

GOMAさんの作品の対面の壁には合計190人(120人のスタッフ、50人のボランティア、20人の学生)がGOMAさんの作品と対話するように光に粒子を描きました。
通路には様々な植物の種が大きく描かれています。画:島田玲子
イエロー、マゼンタ、シアンそれぞれのスタンプを毎年追加していきます。
ドットは種でありRebornを意味します。
庭園への入り口には患者さんが描いた作品をスキャンして制作した日傘が貸し出されています。
学生ボランティアが手入れをする屋上庭園。 4月の陽気の中、色とりどりの花が咲き誇っていました。

文・写真 J.N by ArtScouter

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